平成20年05月03日(土曜祭日)

今日は4連休の初日

窓の外を見たら、空気が澄んでいるのか、遠く三国連邦の苗場山など県境の山々が見える

苗場山が見える日は一年にそんなに多くは見えない、数えるほどだ

空気が澄んでいる、家内が言う

どこかに行ってくればと

その誘い言葉にウズウズしていた自分は直ぐに飛びついた

そうだな、ちょっと写真を撮ってくるかと

信濃川の河原に向かった

先日は栃尾方面に向かったので、今度は山から川へとシフトしてみた

信濃川の川の中にコンクリートのクイが打ち込まれたようになっていた

これはニュータウンブリッジの橋桁になる基礎だ

冬場の水の少ない時期に川の中の工事を進めて

雪解け水が増えてくる時期には工事を中止するという

ちょうどいまは工事中止期間に入ったようだ

五月晴れという言葉がある

まさに空気が澄んでいるのだろう

草花に当たる日差しも輝いている

公園の木々もこれから大いに芽吹いてくるのだろう

冬の雪に埋もれたときと

緑が芽吹きはじめるいまとでは

空気が違うのだ、世界が違うのだ、四季折々の季節が我々の感受性を高めてくれるのだ

日本は四季があることに多くの恵みを自然から得ている、感謝しなければならない

どんどんと大きくなって行く自然の営みに感謝する

三仏生とう地区が長岡の隣、小千谷市にある

ここは例の地震で崩落した妙見の対岸にある

そこに石仏が並んでいる

数はいくつあるのか、石の地蔵さんが並んでいる

一つ一つを見ていると、結構あじのあるもので

みな個性豊かな顔立ちで

見ていて飽きない

インターネットで検索するとこんな情報が出てくる

<三仏生百塚>
 三仏生集落の西、約1キロにわたって百塚と呼ばれるところがある。139基の石像が確認されており、夕日長者や塚を数えると背負っていた赤子の首が飛ぶなどいくつかの伝説が残されている。

【夕日長者の伝説】
越路町の朝日百塚に関連したものとして次のようなことを伝えている。
 永禄年中(1558-1570)または三仏生村が岩野村と呼ばれた頃に、三島郡朝日の豪族と勢力を争っていた夕日長者と言う豪族がいた。このとき朝日長者に攻められた夕日長者は、宝物を埋蔵するため幾つもの塚を築いた。
 三仏生の熊野神社は夕日長者の内鎮守であり、夕日長者が書き残した次のような歌が残されていたという。
「朝日さす夕日輝く木の元に黄金千両同宇建立」

【百塚を後世に残す精神】
  三仏生百塚は古くから様々な伝説による解釈や形で伝え残されてきた。江戸時代後期には、細貝新五左衛門がこの塚を後世の人々に伝え残すため、塚上に各礼所三十三観音を祀ることを提唱し、天保14〜弘化4年(1843〜1847)に大勢の人々によって建立。(発願主細貝新五左衛門)
  その後、百塚を後世に残そうと言う精神は受け継がれ、50年ごとに供養が行われるようになった。「明治23年(1890)50回供養」、「昭和14年(1939)100回供養」の記念角柱が残されている。平成元年には、150年期の供養が盛大に行われた。このときの導師は故槙東栄師(小粟田潮音寺住職)が務めた。(平成2年小千谷市指定文化財)
 しかし、『三仏生のあゆみ』(昭和57年発行)に掲載されるなど、多くの人に知られる以前は、新五左衛門のことが地元三仏生で語り伝えられることはほとんどなかった。
  今日、新五左衛門の記録が見出され、平成元年の150年期供養まで導いた人物は故細貝祖岳氏である。祖岳氏は三仏生にある細貝惣右衛門家を巻親とする一族の持仏堂「薬師堂」の庵主で、地元三仏生の歴史に最も精通した人物であり、新五左衛門の功績を普及した先駆者である。

連休は農家にとって田植えの時期

最近はすべて機械で処理する

そこで、家族総出で田植えの手伝いといっても

若夫婦は足を泥に取られるわけではなく

ケースに入った苗を軽トラで運んできて

新品のつなぎに身を包んだ若旦那が

年に一回だけ乗る田植機を恐る恐る運転しながら

直線にはなかなかできないビクビクハンドルで田植えをこなして行く

そんな傍らで、おっかさんが泥にまみれた長靴に、昔から使っていた道具を手に持って

細いあぜ道をすいすいと歩きながら

若旦那がやり残した隅の始末をイソイソとこなして行く

なにやら磐梯高原の湖のような景色だが、ここは信濃川なのだ

水面を見ていたら大きな魚が動いていた

しばらく見ていたら背びれを水面に見せながら動いている

よくよく見たら二匹が戯れあって泳いでいるようだ

かなり大きな魚なのだ

田植えの終わった田んぼに西日が当たって「かがっぽい」(まぶしい)のだ

青々とした麦畑が目に入った

減反の影響で麦畑も作られているようだ

最近は麦も価格高騰だという

河原に忽然と現れたコンクリートの橋脚

ニュータウンブリッジの橋脚だ

風が強く、草花の種というか綿のようなものが飛んでいる

ちょうど夕日に照らされて道端の雑草に引っかかっている綿が銀色に光ってきれいだった

自然は意外な素顔を見せてくれる

数年前、妻有で見た大地の芸術祭でビーズの飾りを地面に刺して斜面を飾り立てた作品があったが

ふとそれを思い出した

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