平成19年08月17日(金曜)

16日11時手術直前からのこと

 

いざ出陣じゃ

手術の時間が来た

看護婦が手術用の術衣だろうか

これに着替えるという

とにかくすべて脱いで

なにやらT字帯なるものを渡された

これを下につけよと言う

看護婦は言う、要するにふんどしですねと

ふんどしならまだ良い

しっかりと締めてきりりとした感触が身を引き締めてくれる

ところがこれはなんだ

これは幅広包帯が腰ひもに付いているだけだ

実に心許ないのだ

気合いが入る状態ではない、踏ん張れないのだ

できましたかと看護婦が声をかけてカーテンが開く

私は覚悟を決めてベットに腰をかけて待つ

そこへ看護婦が裸の上半身に

まるで戦国武将の鎧をつけるように

胴に術衣を巻き付けたかと思ったら

両腕をそのままの状態で肩に術衣を下から巻き付けた

腕を通すという術衣ではないのだ

こっちはじっとしているだけで鎧が取り付けられたような雰囲気だ

「さあできました、いきましょう」と声がかかる

ベットから立ち上がる

瞬間、病室内の視線ならぬ気線とでもいうのだろうか

とくに向かいのおじさんの気が来ていることが感じられた

行ってきますと挨拶しようかと思ったが

もう私はこの部屋に戻って来れないのだ

どうしようかと躊躇している間に看護婦にせかされる

「さあ、いきましょう」と

私は向かいのベットに寝ているおじさんに行ってくるねと視線と気線を送って

一気に気持ちを前に向けた

さあ、いくぞ、いざ出陣じゃ

そう、まるで大きな舞台に上がる直前のような雰囲気なのだ

 

秘密工場

エレベーターで向かう

まるで地下にある秘密工場に向かうような雰囲気だ

エレベーターを降りる

少し進むと大きなスパの銭湯入り口みたいなところで

ここまでついてきた家内と看護婦が帰させられる

ここからは別と担当者の着衣も色が違う

 

UFOに進入

とにかく空間の景色が違うのだ

すべてがメタリックというか

そこで動いているスタッフの姿は目しか見えない青い衣装に身を包んでいる

そこに座ってと案内された場所に座ると

なにか不思議な待遇なのだ

急に暖かい大きなタオルで肩から暖めてくれたり

さて、つぎに特別の暖かい飲み物でも出てくるのかなと思いきや

やってきた青い帽子のスタッフは

私に氏名と今日の手術部所、手術名を言えという

今度は詰問されるのだ

人間、気持ちがゆるんだところで冷や水をかけられたようにしめられると

気持ちの不安がより効果的に増長するようになっている

そう、実に効果的に心を揺さぶる仕組みができている

すると、温かいお茶のサービスなんて当然無いわけで

ではいきましょうと席を立たされて

両脇にピッタリとスタッフがついて大きな開口通路へと進む

そこから見た風景は

そう、まるで大きな自動車工場かロボット工場のような雰囲気だ

さらにいくつも工場が中にあって

私は左から二番目へ進むように合図され大きな通路を左に向かった

2と書かれたメタリックな工場にはいると

真ん中に小さなベットが置かれていた

私が近づくと、そのベットはジェット機の羽を広げるように翼のようなものが広がって矢印形になった

そこに乗れと言う

横になる

何か上の方からマスクのようなものが降りてくる

何か声が聞こえて説明されているようだ

どうも全身麻酔が始まるのだろうか

どのくらい持つものなのだろうか

などと考えて

しっかりと目を見開いた

 

 

新世界

目の前にうっすらと顔が見えた

頭の中だけで反応した

うっすらと人の顔の輪郭が見えたような気がする

自分の体がどうなっているのかなど全くわからない

わからないと言うより感覚がなかった

頭の中、目の奥から

ぼやけてピントの合わない穴蔵の中にいるようだ

 

家内の声がした

もう何日もたったような気がした

三日目くらいかなという感覚がした

今自分はどうなっているのか不安になった

不安になって家内に

「今何時だ」と声をかけた

2時だと答えが返ってきた

枕元にメモ紙とペン、メガネと耳栓を用意してくれた

私は耳栓をした

 

急に目の前に男性の顔が見えた

ドクターのようだ

耳栓をはずして何か答えた

その後、家内が石を見せてくれた

大きなチョコボールみたいだと思った

4時だという

 

あそこが痛い

看護婦にベットの周りを囲まれているような気がした

私はトイレに行きたいと言った

何か腰のあたりに置かれたようだ

若い女性の声で

ハイ、いいですよ、おしっこしても良いですよと言う

わからないのだ

出ているのかいないのか

再度、声がかかる、いいですよ、安心してオシッコしてくださいと

どうも家内が近くに座っているような気がした

急に何か会話が交わされてベットの周りのカーテンがシャーと引かれた

と同時に家内もカーテンの外に追い出されたようだ

私はピンクのカーテンに囲まれたベットの上で

若い看護婦数名に取り囲まれて

なにやら下半身をグニャグニャといじり回されているような気がした

なにやら杉田玄白が腑分け(ふわけ)をしているような雰囲気だ

急に何か痛みが走った

なにやらストローのようなものをつっこまれたような感覚だ

再度若い看護婦の声がした

ハイ、こんどはいつでもオシッコできますからねと

カーテンがシャーと開かれて家内が入ってきた

家内が顔の近くにいるようだ

私は言った

「何ンか、あそこが痛い」

「傷が痛むの?」

「いや、あそこが痛い」

 

 

基準が狂う

家内の顔が近くに寄ってきた

今日はこれで帰るけど、また明日来るからねと言う

 

何時だろう

ここは集中治療室だから一晩中明かりがついているのかと思った

たぶん朝の3時くらいだろうと思った

 

何時だろう

隣のベットでタンが出なくて咳き込んでいるおじいさんの声が聞こえる

何かの機械の音だろう、どこかでピピピピと聞こえているようだ

 

何時だろう

もう朝に近いのかと思ったら

室内の電気が消えた

そっか、消灯時間の夜9時のようだ

 

何時だろう

機械がピッピッピ ピピピ と音がする

規則的に聞こえていたと思ったら急に高い音がピーと鳴る

何の音だろうか

 

何時だろう

誰かおじいさんが看護婦に質問していた

すると11時40分ですよと答えていた

 

何時だろう

足に何か機械が付いているようだ

最初、足首を空気圧力で締め付け

それがだんだん上に上がってくる

ふくらはぎから膝下に押し上げるときの気持ちが良い

マッサージされている感覚だ

 

何時だろう

口にはジェット機のパイロットみたいな酸素マスクが取り付けられている

のどが渇いてくるのでマスクをあごの下にずらしておいた

何か頭上には電子測定器が数字や波形を表示しているようだ

隅に時刻表示が見えた

自分で時刻がわかるという安心感にたどり着いた

何となくこれで自分がどうなっているのか基準の物差しにつかまったような気がした

 

何日寝たのだろうか

ほんと、何日寝たのだろうか

そんな気がする

時計を見る

1時50分

 

目が覚める

1時間は寝ただろうか

時計を見る

1時52分

2分しか寝ていない

感覚的には1時間は寝たという感覚なのだが

現実は2分なのだ

 

少し体を動かそうと思う

しかしほとんど動かせない

左に10度も傾けられればいいところだ

右にはどうも傾けられない

腕は動く

周りには何かのコードばかりだ

足は相変わらず空気圧のマッサージがつきまとっている

 

不規則な電子機器の音が聞こえる

高い音程の音が聞こえたからと言って

看護婦が飛んでくる様子でもない

というより看護婦はすぐそこにいて仕事をしているようだ

 

AM3:00の集中治療室

寝ようと思う

目をつむる

背中がイライラする

目が覚める

薄暗がりの中、周りの様子に気を配る

私の隣にはカーテン越しにタンの絡まっているおじいさんがいるようだ

時々看護婦が吸引器でタンをとっているようだが

どうも完全にはとれないらしい

それでしばらくするとタンの絡まった切ない咳が隣から聞こえてくる

どうももう一人いるようだ

そこは電子機器がピッピ、ピッピと鳴っているような気がする

それとも、私の足の空気圧機の動作が定期的に動かなくなると鳴るのだろうか

何かピッピ、ピッピと鳴ったとき

看護婦が私の足に絡んでいる空気マッサージ器の位置を直しているような気がする

このピッピ、ピッピの音と、私の空気マッサージ器の動きは連動しているのだろうかと思った

 

背中がイライラする

体を動かしてみるがほとんど動かない

背中がムカムカする

なにか呼吸が苦しくなってくるような気がしてきた

だんだ狭いところに閉じこめられてしまいそうな恐怖感が走った

何とか体を動かそうと思ったが動かない

すべてのコードをふりほどいて立ち上がりたい気持ちになった

しかし、動けないで狭い管の中に閉じこめられるような恐怖感が走った

呼吸が荒くなってきた

深呼吸などできる状況ではない

呼吸ができないのだ

よけい呼吸をしようとするが呼吸ができない

海の底にでも引きずり込まれるような恐怖が走った

何とかしてくれと叫びたくなった

 

ナースコールを探した

押そうかどうしようか躊躇した

もう少しがんばってみようかと思った

しかし、これ以上我慢したら自分の心が壊れそうな気がした

とにかく起きさせてくれ

そう思ってナースコールを押した

 

看護婦がゆっくりとやってきた

「起きたい」と伝えた

「それはだめですよ」と

「とにかくベットに立たせてくれ」と

私は上半身を立たせてくれというイメージで言ったが

それ以上の自分の意志を伝える言葉が出てこなかった

当然看護婦は「それは無理ですよと、立ち上がることはできません」と

私の頭の中ではイメージが走っている

上半身を起きあがらせてもらえるだけでいいのだ

あんたの言っているような立ち上がることを言っているのではないのだと

 

イメージはちゃんと頭の中を走り回っているが言葉が出てこない

それよりも私なパニック寸前なのだ

再度つたえた、「背中が痛い」と

彼女は「体を横にしてみたらどうですか」と言う

違う、もうそんな状況じゃないのだと頭の中では思っていた

私はすぐにでも体中につながっているコードを引きちぎってベッドから上半身を起こしたい

そんなイメージが頭の中を走った

「もう我慢できない」と言った

 

ようやく彼女はベットを少し起こしてみましょうかと提案してくれた

コードがいっぱいあるからどうかなとか独り言を言いながら準備をし始めた

私はとにかく起きたかった

というより、背中が痛かった、イライラの局地にあったのだ

彼女が私を支えてベットを起こしてくれた

救われたと思った

しかし、今度は頭がクラクラしてきた

力が入らなかった

腰に枕を当てて、ベットの上半身を起こすことができた

血の流れが変わったように思えた

看護婦は脇にしっかりとサポートして付いていてくれる

 

少し看護婦と会話をした

あのピッピ言う音は何の音かと

酸素の量が一定以下になると知らせてくれる機械の音だという

看護婦は言う

「寝ると言うことはいかに大変かわかったでしょ」と

そして

「あなたが寝られないのは健康な証拠」と言う

「本当につらい人は寝るのが一番楽だといいますよ」と

 

薄暗がりの中で左手を見る

中指にコードがつながっている

指の先が光っている

なにやら映画のETのような光を発している

 

看護婦は言う

少しうがいでもしてみますかと

頼むと伝えた

吸い飲みから水を口に入れるとき少し怖かった

間違って飲んでしまったら大変なことになるのではないかと

おそるおそる水を口に入れてうがいをした

かなり気分転換になった

看護婦はさらに言う

足のマッサージ器をはずしましょうか

あなたはこれが無くても大丈夫でしょうからと提案してきた

頼むという

看護婦は少しほかを見てこなければいけないからどうするかと聞く

私はもう少しこのままで居たいというと

わかった、何かあったらナースコールを押すようにと言う

そこで、私は彼女にテーブルの上にあるメモ用紙と鉛筆を取ってくれるよう

さらにテーブルの上に置いた耳栓を取ってくれと頼んだ

彼女は言う、酸素マスクをちゃんとつけないとあなたの場合はよくないのだという

ふと思い出した

前日、動脈採血をお願いしますと言って女性のドクターがやってきた

動脈に注射ときいておやっと思った

なぜなら、注射は静脈にするのだとナースから聞いた覚えがあるからだ

そこで、ドクターに「動脈?」と一声言った

即座に「そうなんですよ、動脈でないと血中の酸素濃度を測れないのですよ」

「それで、動脈注射の場合は動脈が一番表面に出てくるモモの付け根で採血するのですよ」と語った

 

そのときは何のために酸素濃度を測るのかわからなかった

そして何で今酸素マスクをさせられているのかわからなかった

だが、実感としてようやく酸素マスクの意味がわかってきた

のどが痛くなると思っても酸素マスクをしていないといけないのだと

 

薄暗がりの中で今までの記憶にあることをメモに書こうと思った

ほとんど力が入らないが何かやっている方が気が休まる

ほんの数行書いたところで疲れてきた

ベットの上に上半身を起こしてみて初めて発見した

この集中治療室の壁に大きな時計があった

AM3時だ

この薄暗いガラス張りの部屋の向こうに明るい部屋が見える

大きなガラス張りの向こうで何人かの看護婦が忙しそうに作業をしていた

 

AM10:00の集中治療室

「回診です」と声がかかる

看護婦の動きに緊張感が走る

何か粗相はないか、準備は怠りないか

そんな緊張感が見て取れる

相変わらず私はベットにへばりついた状況だ

ほとんど身動きできない

今朝から担当の看護婦のおばさんは

何かとこまめに面倒を見てくれる

 

看護婦を大勢引き連れて若いドクターが二人入ってきた

この集中治療室にはクランケ(患者)は私を含めて三人いるようだ

いよいよ私の番だ

私からは患部は何も見えない

どうなっているのかわからないが

なにか胸の扉を開くようにあけるとスーッと空気にさらされて気持ちがよい

一斉にみんなの視線が私のお腹に集まる

若いドクターはクールにうなずいて自分の手術の結果に満足したようだ

「今日から普通食」と告げる

両脇の看護婦が開いた胸の扉を折りたたむように閉めてゆく

若いドクターは私の首のあたりにスウッと手を伸ばして

クールに何かの線をズボズボズボと引きちぎるようにはずしてゆく

私はそんなところに線が付いていることに驚いた

そして表情を変えずに言う

「早くふつうの生活に戻れるようがんばってください」

そう言い残して回診を終えた

 

ぞろぞろと皆出て行った

しばらくしたら隅にいた担当看護婦のおばさんがやってきて

私の周りに設置されていた器具の片付けをいそいそと始めた

あちこちに付いていたコードがはずされ

病衣も脱がされ

そう、股間に付いていた装置も

見ると何かカゴのようなものが取り付けられ

管が私の左の太ももの付け根に留められて

ベットの脇へと延びているようだ

すべてがはずされてゆく

慎重にストローのようなものを抜いてくれたようだ

 

すべてが外されてゆく

そう、全くの赤子のおむつの取り替えと同じだ

そのまったくの赤子状態で

彼の看護婦おばさんは一生懸命私の全身をきれいに拭いてくれる

完全に赤子だ

しかし、何か素っ裸になった状態の自分を見て素直になれる

そう、生まれ変わったような

たった今、あなたは生まれ変わって、ここに出てきたのですよというような

そう、新しい自分がこの社会に生まれ落ちた瞬間のような気がした

 

個室

昼前、個室に移された

大きな窓から外がよく見える

昼食が出た

全くの普通食だ

看護婦は言う

消化器系は全く異常ないのだから食事制限はありませんと

食べたいものがあったら何でも食べていいですよと

そして、トイレに入ったら脇に置いてあるカップに取ってくださいねという

私は知らぬうちに漏らしてしまわなければいいのだがと心配したが

そのうち自然とトイレに行きたいと思えるようになった

看護婦は使用後の私のカップを見て

「水分をいっぱい取ってください」

と一言いってそのままトイレにカップにたまった水をジャーと流してしまった

私は検査にでも回すのかと思っていたが

看護婦は何でもチェックするのだなあと感心した


これが胆石の入った入れ物だ、病院が用意してくれた


中にはチョコボールのようなものが入っている

思ったより大きい

こんな大きなものが体の中に作られていたのかと思うと驚く

重さもそこそこある

ということは、そう、確実にこのぶんだけ体重が減ったと言うことだ、ハイ

個室の窓から見える景色だ

とにかく寝ているより起きている方がいい

食事も座ってというより立って食べた方が痛くない

起きているときはいいのだが

これが寝るときが大変なのだ

呼吸困難に陥るような感覚になる

だから寝たら起きたくないし、起きたら寝たくないのだ

当然何かを飲むと言っても寝ながら飲むためには

そう、吸い飲みが必要なのだ

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