お盆で私の姉妹などが集まった
とにかくよくしゃべる、じつに感心する
どうでもよいことを話題にしてしまう
そして、どこかおいしい店に連れて行けと命令する
ちょっとオシャレなイタリアンの店に連れて行く
店内は満員状態
みれば知り合いもいる
長岡のお店はどこに行っても知っている人に会う
つくづく狭い地域だと思ってしまう
ま、それで成り立っているのかとも思う
ちょっと穴場な所を案内する
オシャレな空間だ
今日は美術館の入り口ホールで弦楽四重奏の演奏が行われていた
館内に心地よいモーツアルトの曲が響き渡っている
いまこの美術館ではウイーンの美術展が開かれている
落ち着いた空間を楽しんでもらう
その先、リリックもゆっくり案内してゆく
そういえば、水戸の芸術館だったか
館内を案内してくれるという人がいたことを思い出した
そう、長岡は近代美術館、音楽ホール、シアターホール、そして見本市会場、さらには庭園、屋外音楽ホール
いろいろな設備が整っている
そうそう、造形大学もそうだ
これらを案内してくれるツアーがあっても良いのではないだろうか
日赤病院も取り込んでも良いかもしれない
千秋ヶ原ツアーコンダクターなる人物がいても良い
こんなお盆の時など、長岡案内人というと範疇が広すぎるだろうから
千秋ヶ原のツアコンというのはどうだろうか
ま、私がこの日案内した道順は
まず、美術館の駐車場を一番奥にまで進んでそこから歩き出す
目の前にラッパのようなモノがあるから、ここから始まる
けっこうこういったモノに人は興味を持ってくれる
この瞬間から童心に戻ってくれる
芝生を歩いて美術館の屋上庭園へと伝ってゆく
気がつくといつの間にか屋上にいる
美術館のレストラン脇を通って
またいつの間にか地上に出る
まわりにあるモニュメントを楽しんで
お花畑の方に行っても良いし
美術館の中に入っていっても良い
この日は美術館の中に入っていった
二階の通路を伝ってリリックの方に歩いてゆくのも良いが
帰りの車のことを考えて一旦車でリリックまで移動
リリックのホールを見るだけではなく
許可が取れれば舞台に立ってみたり
照明室や天井裏まで入れれば興味が湧くかもしれないが
ま、そこいらへんは無理をしないで
この後はハイブに行っても良いが
ハイブは二階の特別会議室が見所だが
そうそう、一回入り口脇に展示室もあった
そんな所を見て
入り口脇のレストランで休憩としてもよい
しかし、私はこのとき造形大学を見てみようと車で案内した
造形大学の中庭にあるモニュメントやオシャレな校舎などを見せたかった
校舎内に入って広々したキャンパスに高い評価を得て
さてと、しょうめん玄関に手を掛けたら開かない
なにやら説明書きがしてあった
どうもお盆の最中は閉鎖されているようだ
残念ながら入ることはできなかった
仕方がないので、ガラス越しに見える中庭のモニュメントを見てもらって終わりとした
この後、水道タンクの近くに寄ってみた
入り口に書かれていた
水道公園と表示されている
建物も落ち着いて味のある空間となっている
この水道公園から
こんどは平和の森記念公園へと車を進めた
この公園がなかなかよく作られているのでとおもって案内したのだが
失敗だった
何故かというと、この地区は寺町
お墓参りの車で大渋滞
車を止めるところもないという状況で
残念ながらゆっくり見学する余裕もなかった
そこで、ちょっとお茶でもということで近くにあるお店へ
この店は蔵を改装した店
蔵の二階が喫茶店、一階はギャラリー
大きな梁が天井に見える
本物でつくられている良さが伝わってくる
さてさて、今日はお盆、お墓参り
夕日も西の山に掛かり
ゆっくりと沈んでゆく
先祖代々の墓にロウソクの火を灯し
家族でお墓参り
ロウソクのともしびは、人の心を和ませてくれる
昔はこのロウソクの火を小さなチョウチンに移して
家まで持って帰ることが習わしだった
確かに私の小さいときはいつもそうやっていた
私の子どもが小さいときもそんな風にして家の仏壇のロウソクに火を移していた
しかし、移動が歩きではなく車になったことで
だんだん車内でロウソクの火を灯して子どもに持たせておくことが
危なくなって
気がつくといつの間にか途絶えてしまっていた
昔の風習がだんだんと無くなってゆく
ま、時代と共に風俗習慣は変わってゆくのは常だ
お墓参りは自分の家のお墓だけではなく
親類や縁者のお墓もお参りするのが習わしだ
年寄りが生きていた頃は
使用人のお墓もロウソクを上げてくると言って
いくつかのお墓を探しながらついて回ったことがある
そうそう、毎年お盆が近づくと
仏壇磨きをやらされる
新聞紙を広げて磨き粉を付けて仏具を磨く
これが結構苦痛なのだ
仏具は小さな細工がいろいろしてあるモノで
磨きづらいのだ
年寄りから言いつけられると逃げ出すわけに行かない
そして、お盆のチョウチンを出して
先祖の掛け塾を床の間に掛けて
お花と水と香炉、鐘を漆塗りの台の上にのせて
そして、ご飯が炊けると一番にご仏前にご飯を盛って
そうそう、お盆になるといろいろな人がご仏前にお参りに来ていた
いつも床の間の前に何か菓子折のようなモノが置かれていた
今から思うと、そう、いろいろなルールがあったことを思い出す
先祖の掛け軸などもう掛ける場所もない
地震で悠久町の家が半壊になって以来
現在のマンション暮らしに両親もなってしまい
大きな仏壇も運び込めないし
床の間もないし
生活が変わってしまった
家内とお袋が線香に一生懸命火を付けている
夜の暗がりにロウソクの火は別世界を醸し出す
人の心にスウッと入り込んできそうな世界だ
お盆は時間を超えた心との対話の時なのだ
小さな子どもが遅くまで歩いている、お盆で人が出ているから