平成17年1月21日(金曜日)

先日の古地図が気になったので、チョット写真を撮ってきた
写真を撮った場所の位置を丸印付けておいた
右から左に移動しながら撮った写真だ
渡町の中心から柿川を越え、前の日赤、今のウオロクスーパーの裏を通ってそのまま信濃川の土手へ
土手の下にある国土交通省の建物を左手に見て土手に上がり
土手から河川敷に降りる道を見て戻って土手からウオロク方面を振り返って終わり

渡町の中心に古いコンクリート造りの建物がある
確か、聞くところによると、昔消防署があったとか市役所があったとか、さらには映画館があったとか
この建物が消防署の建物なのかと想像してみた

ここら辺には割烹などがある
昔の繁華街、要するに東京で言えば浅草のような下町のにぎわった場所だと聞く
大正から昭和初期にかけての話のようだ
この「ふじ久」という店は、こちらの先代が昔我が家が長岡で料理屋をやっていたときの板長さん
だったと聞く、だから我が家の屋号が「高久」だからこちらも「ふじ久」と付いているようだ

車が見える手前が柿川に掛かる橋だが
古地図を見るとこの橋はなかった、左に青木楼の看板が見える、こちらも古くからある料亭だ
我が家の年寄りの話によく出てくる名前だ、あとよく出てくる料亭の名前に長岡館の名前も聞く

古地図に寄れば、この左に進む道は河川だったようだ
私の父に聞くと、小さい頃たしかにここは川だったという

その川というか用水路というか、その場所の脇には材木店がある
昔、川を使って材木を運び込んだから、ここいらへんには材木店があるのだろうと推測する

ウオロクの裏に当たる、用水路はどこまであったのだろうか

これはウオロクをすぎて先の交差点から信濃川の土手を見る

土手の上にはダンプがいた、土手は車が走れないとおもっていたが

みると左側に国土交通省の出張所がある、こんなところにあったっけ

土手の上に出た、雪に覆われている

川の向こうには日赤が見える

土手から河川敷に降りられるようになっている

土手から町の方を振り返ってみる

郵便局に用があって寄ってみた
なんと「私たちは日本一のサービスを目指します」と掲げられていた
はいると「いらっしゃいませ」とあちこちから声が掛かる
なにか躊躇してしまう

千手観音の前を通ったら、例の節分の看板が
2月3日、もうすぐだ

今日はこれから横浜で講演があるので出かけてゆく
横浜駅前のホテルが会場で懇親会付きだから泊まりとなる

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