「我が家のイベント 2」

 ――いよいよ当日―― 

高野 裕

 

1. 材料を探す            

手作りパスタ
本当に出きるのであろうか
そうだ、何パスタにするんだろう
ソースを決めてない・・・
不安がよぎる
そして何かを作り出すという期待が生まれる
私の未知なる経験の世界に向かってゆく

会社からいそいそと帰ってくる
誰もいない
早速冷蔵庫を見てみる
昨日の夜中に作ったパスタの生地
サランラップから出しておく
なにかポテトパンのようである

パスタの本を引き出してソースをどうするか検討する
シンプルisベスト
トマトソースが基本だろうと感じた

月桂樹の葉っぱが入るという
にんにくスライスが入るという
唐辛子が入るという
完熟トマトが

冷蔵庫を見てみる
キュウリとタマネギ、にんじん、長ネギ
トマトなど見あたらない
ましてや完熟などあるわけがない

トマトケチャップが少しだけあった
全然足りない

何か無いのかと探してみたが
冷蔵庫には納豆、加島屋の鮭瓶詰め、ヤクルト、トマトジュース
お、トマトジュース、これ使えないかな、と思った

月桂樹など何処にあるのやら
にんにく もわからない
唐辛子などなおわからない

無いものは無い、というより見あたらない
知ったことか、無ければ無いで作ればいい
味付けはどうすればいいのかなと考えた
調味料のワゴンを見ていたらトマトピューレがあった
ヤッター、とほくそ笑んだ
ブイヨンがあった
にんにくスライスがあればいいなと思ったが見あたらない
もう腹は決まってきた


2. 生パスタを作る          


パスタの本をもう一回テーブルに開いてじっくり読む
どうやって生パスタを作るのか
かたまりを伸ばすための棒が要る
たしか、ケーキを家内が作っていたときにあったよな
そう思って探してみたら出てきた
なにかサイズに合わせて丸いラインの入ったシートと
ギザギザの滑り止めみたいな切り込みが入った丸棒
よし、これで何とかいけるかな
本をさらに読むと丸棒が二本要ると書いてある
二本なんか無い
探していたら手のひらサイズのすりこぎ棒が見つかった
これで良いことにしようと決めた

テーブルをきれいに台拭きで拭いた
こうするとシートが滑らないという
粉をふると書いてある
粉って何の粉
粉としか書いてない
特別の粉があるのであろうか

そういえば、よくテレビで見るように
ソバ打ちの時やうどんを作っているとき粉をまいている
あの粉は何なのだろうか
よくわからない
しかし、そんなこと悩んでも仕方がない
とにかく今私がわかる範囲で
粉といえばメリケン粉の粉しかない
ま、いいっか、やってみよう

早速小麦粉の袋を持ってきて
粉をシートの上にバラまき
昨夜作ったパスタの生地をドンとシートの上に置いた

丸棒で本に書いてあるように押しつけながら少し広げてゆく
手のひら二つ分くらい広がったところで
恐る恐る丸棒で真ん中から向こうに伸ばしてみる
結構伸びてゆく
今度は真ん中から手前に伸ばしてくる
何回かやって行くとシートからはみ出すようになってくる

粉を伸ばした生地にふりかけて丸棒に巻き付けてゆく
くっつきそうなので元に戻して粉をなすりつけてみる
こんどはくっつかないようなので丸棒に巻き付けてゆく

息子が帰ってきた
早速彼もケーキ作りに取りかかる
FMラジオを付けて軽音楽を聴きながらの作業となる
何となく楽しい
不安もあるがウキウキする
どんなものができるか楽しみだ


3. ヤツはえらい苦労した        

やつは、昨夜えらい苦労をした
自己との葛藤の中で苦しんだ
それはスポンジケーキを作るためのホイップする作業

そう、前日買ってきたスポンジケーキを間違いなく作れるセットがある
その説明書通りに粉Aと粉Bの袋の内、粉Aの袋を破ってボールに入れた
牛乳と玉子を入れてホイップの開始である
必死になってホイップしている
ただひたすらホイップしている
だんだん悲鳴が
だんだん泣き言が始まる
いつまでたっても本に書いてあるようにはならない
ぶつぶつ言い始める
文句が出てくる
本をもう一度確認する
おかしい、どうもおかしい

私はパスタの生地を作っているから相手にしない
たまにもっと早くかき混ぜれば・・・とか
人ごとのように言ってパスタ生地を作っている
ヤツも何度も本を見たりセットの入っている箱の説明を見たりする
疲れたと悲鳴を上げる
ぼやきが入ってくる

私はとにかくパスタ生地ができるまで相手にしない
よく説明書を見れば・・・、とか、そんなものである
ようやくパスタ生地を作ったので息子の手伝いをしようと思った

私が代わってホイップしてみた
全然どろどろのままで変化がない
どうもおかしい
説明書をよく読んでみた
よく冷えた玉子を混ぜると書いてある
息子に質問する
「おまえ、よく冷えた玉子って書いてあるぞ」
「ちゃんと冷蔵庫から出したヤツを使ったよ」
「そっか」
ホイップをまた続けてみた
やはり変わらない

だんだん私も手が痛くなってきた
「だめなら、もう一回やり直せばいいじゃないか」
といったら
「それがすべてなんだよ」
「だから、必死なんだから・・・・」
もうヤツはふて寝である
ワンセットしか箱に入っていなかったようだ


4. 奇跡の生還            

説明書を再度よく読んでみた
よく冷えた玉子のところにアンダーラインが入っている
これは冷えていることがポイントだと思った
ホイップしている金属ボールをさわってみる
今まで必死にホイップしていたものだから
手のぬくもりで生暖かくなっている

ボールを冷やしてみようと思った
先ほどまで私が生パスタの生地を作っていたボールが流しにある
そのボールに水を入れ、氷を入れてその上にホイップしているボールを浮かした
冷えるまでしばらく待った
息子は完全に嫌気がさしてふて寝している

しばらくしてから少しホイップしてみた
なんとなくとろみが付いてきたようだ
「おい、ヒロ、いけてるぞーー」
息子は飛び起きてきた
「もっと冷やせばいけるんじゃないかな」
「ウンウン」
「おい、冷蔵庫からもっと氷を出せよ」
「ウンウン」
場の雰囲気が一気に明るくなってきた
あんまり氷を入れすぎて
下のボールから水があふれだし
テーブルの上は水浸しになってきた
台拭きでこぼれた水を拭き取ってしばらく休憩となった

どうなっただろうかとしばらくしてのぞいてみた
一見変わりなさそうだ
ホイップしてみようと早速期待を込めてホイップしてみた
「お、お、お、ヤッターーーーいけるぞ」
「え、え、え、ホントーーどれどれ」
十分とろみが付いてきている
「よし、仕上げるぞ」
「ウン、ウン」
台所のテーブルは水浸しである

「どうなれば良いんだ、立つくらいにホイップするんだよな」
「かき回した後、10秒くらい形が残っている状態だって」
やつは、何回も説明書を読んで熟知しているから即答だ
「よし」私は一言宣言した
ほぼ完成だ
ここまでくれば、後は息子にバトンタッチ

ヤツはオーブンの準備に取りかかった
私は、居間のいすに腰掛けて悠然と新聞を読み始めた
焼きはじめた
50分かかるという

途中で妻が帰ってきた
「あれーー、流しが大変、ワーー」
開口一番これだ
今までの経過を説明する
「ふーん」とうなずく
「楽しみだね」と息子に語り掛ける
息子は黙ってふて寝している

40分過ぎた
のぞいてみると
「お、おい、スゲーー、膨らんでるぜーー」
きれいに色が付いてドンドン膨らんでいる
息子は黙ってふて寝している

時間になった
「おい、できたぞ」というと
息子は飛び起きてきて、いそいそと取り出す
網の上でポンとひっくり返す
「おい、そんなんで良いのか」と聞くと
「こうするとしぼまないで良いんだって」
「ほぅ」と聞き流す
手順が素早い
ヤツはしっかりチェックした説明書を
頭の中で何回もシミュレーションしていたようだ

あとは明日の楽しみだ


5. 生地を伸ばす            


息子が帰ってきた
早速ヤツもケーキずくりに取りかかる
FMラジオを付けて軽音楽を聴きながらの作業となる
何となく楽しい
不安もあるがウキウキする
どんなものができるか楽しみだ

私は生パスタづくりに必死だ
長い丸棒と短いすりこぎ棒をつかって
生パスタをドンドン伸ばしてゆく
破れはしないがドンドン伸びる
こんどはくっつかないように粉を振りかけていく
粉をまぶしてまた伸ばしてゆく
1から2ミリほどの厚さと書いてある
ま、このくらいで良いだろうというとこで
長さ30センチくらいに切ると書いてある
それを重ねて中央に折り畳む
そして適当な厚さに切ると書いてある
それらしくやってみた
ちょっと全体に柔らかすぎるような気がするが
生パスタだからねと納得していた
1、2ミリくらいの太さで切り始めた
大福餅を切っているような感じだ

切り終えたらバラバラにすると書いてある
写真を見ると包丁で中央から差し込み持ち上げて
バラバラにするような写真が掲載されていた
まねをするがどうもうまく行かない

長い丸棒に掛けて切ったパスタをバラバラにしてみた
くっついてうまくバラバラにならない
もっと粉をまぶせばよかったと思ったがもう遅い
ま、適当にやりましょってことで
太麺を覚悟した

6. ソースを作る            

もう腹は決まってきた
フライパンを熱して
バターを適当に入れ
オリーブオイルをたっぷり
タマネギをきざんでとろ火で透き通るまで炒めて甘みを出し
舌触りといろどりにニンジンを入れて炒め
トマトピューレでトマト味
ブイヨンでダシ
そこで思い切ってトマトジュースを
エッィ!!入れちゃえーーーー

ニンジンがいろどりなどと思ったが
見たらみんなニンジン色というよりトマト色
いろどりなんて関係ないね、ハハハ
一人で苦笑してしまった

脇のコンロでは、大きなナベでお湯を沸かしている
調味料の入っているカップを空けて塩であることを確かめ
ふたつまみ、いやもうひとつまみ
などと自信なさげに、さっきなめた塩の苦さを思い出しながら
恐る恐る塩を入れた

切った生パスタをナベに入れてくっつかないようにバラした
しばらくしたらパスタが膨らんできた
一本箸でつまんで食べてみた
「まずい」
粉っぽかった
まだ十分ゆだっていないためだった

何度かチェックしながら、よし良いだろうというとこで
パスタをナベのソースと混ぜ合わせて盛りつけた
「イェーーイ、できたぜーー」


7. いよいよパーティ           

息子もデコレーションケーキが完成していた
チョコレートのデコレーションペンで文字を書いていた

さあ、食事にしよう
テーブルを片づけて準備を始めた

ハッピーバースディと言って食事に取りかかった
ヤツは言う
「お父さんこれ、洋風焼きうどんみたいだね」
なるほど、そういわれればそんな気もする
ま、きしめんのナポリタンですな、ハハハ
味はまあ、悪くない
食後の批評ではグーである
「さあ、星、おいくつ?」とテレビ番組のまねをして聞いてみた
「んーー、ホシ3つ!」
おう、そっか、そっか、と一人ほくそ笑んだ

さて食後はケーキである
紅茶をいれてケーキを切ってみた
なかなかのものである
ヤツは自慢げに言う
「プロっぽいね」
私はうなづく
食べてみる
うまい
うまい、甘すぎず、うまい

「あのとき投げ出さなくてよかったね」と話す
昨夜の、いくらホイップしても固まらなかったことだ
「あれで投げ出していたら、オレもう二度とケーキなんかつくんないよ」とヤツ
冷やすことで危機を乗り越えたポイントを自慢げに話す私
そしてうなずきながら会話が広がる
共通のイベントを乗り切った同士としての会話だ

私は、味なんかまずくてもよかった
とにかく、思い出ができればいいと思った
失敗したって、それも思い出
食べられなくたって、それも思い出
何か、息子と思い出を共有したかった
そして、それが実現 できてよかったと思った

今回の我が家のイベントは大成功であった

2002年9月12日記

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