「使途秘匿金」の一提案


高野 裕(ひろき)

目次

1.はじめに

2.いままでの使途不明金論議

3.今回の使途秘匿金の問題

4.相当な理由

5.相当な理由の不確定性

6.実務家としての提案

7.おわりに

注記


 

1.はじめに

人の心には天使と悪魔が共存している。人としてあるべき姿の理想像を求めて自ら苦難な道を進むべしとする理性の呼びかけと、本能のままに快楽を求めようとする悪魔のささやきの板挟みの中でもがき苦しんでいる。普通の人は、こんなジレンマのなかで生きているといえよう。人間は弱いものである。悪魔のささやきは甘く魅惑的なもので、ついフラフラと悪魔のささやきに乗ってしまう。しかし、それは本人にとっては魅惑的であっても、社会にとっては許せない場合もある。そんな限度を決めた社会的ルール・規範が法律であると理解することもできよう。同じことが個人の集りである集団行動の場合もいえよう。本能と理性の板挟みに合っている普通の人間が集って集団として行動を起す場合、その集団としての行動もやはり理性による行動と本能による行動が基本的には共存している。そのため集団内で規律や規則等のチェック機能を用意して理性的行動がとれるように自浄化作用を内存した組織化を図っている。しかし、いくら規律や規則を集団内に自主的に作っても所詮組織の行動を決定するのは人間である。それ故に欲という悪魔のささやきに負けて行動を起すこともある。そこで、やはり社会的ルールとしての集団を対象にした法律ができあがる。すなわち法人を対象とした法律ということである。もちろん、税務行政庁といえども普通の人間の集団である。悪魔と天使が共存していることには変り無い。

私は、法人のその実質は本能と理性の板挟みに苦しんでいる普通の人間の集団であると理解することが現実的であると考える。そのように考えると、法人は経済行為という「金銭欲」の中で活動するため「きれい事」だけでは活動できずにいるのが現実であると理解できる。金銭欲とモラルの板挟みの中でもがき苦しんでいる普通の人間の姿が企業活動の中に見いだせると考える。この金銭欲が取引先への特殊リベートや政治家への特殊支出などとなって支払われることとなる。それも場合によっては違法なものとわかっていても「欲」が先行してしまうことがある*1。「欲」が先行したが違法・不当な支出であるとの理性的自己認識があるため相手先の氏名などを明らかにすることがはばかれ、自らの理性的判断により損金不算入として処理していた。これが今までの使途不明金の実情ではないかと理解する。

2.いままでの使途不明金論議

ところで、法人税法22条3項に各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額についての規定がある。この規定に該当すれば、その支出は法人税法上損金処理できるものである。法人税法上損金に算入できるか否かは法人税法の法律の規定に従って判断すべきものであって、社会的モラルによって損金性を否認できるか否か判断するものではないことは当然である。

いままで使途不明金についての議論が判例上も学説上も多くなされてきた。それらの議論は、支出の相手方、目的、金額などを納税者自身は十分に認識し、かつ本来的には会社の費用であると考えてはいるものの、税務行政庁に対して使途を明らかにできないという情況で、法22条3項の損金性を立証できるかという問題。損金性の形式が欠けている情況での証拠能力の問題として議論されていた*2。さらに、今までの使途不明金の現実的問題は事実認定の問題が多かった。そもそも、使途が不明であるという形式的な側面のみで法22条3項の損金性が否認されるわけではない。問題の本質は、使途不明金の支出の実態がどうなっているのかを見極めて行くことである。そうすると、使途不明金の問題だと思っていたらそれは認定賞与の問題ではないかという展開が多かった。使途が不明な支出金の内容を、支出の内容が事業関連支出か否か、支出の相手先が社内か社外かと区分して検討してゆくと、寄付金、認定賞与等で処理できる問題が多く、それ以外の本来的使途不明金の問題として残るものについて検討するならば、本来の使途不明金は損金性を実体として備えてはいるが形式的外形が不十分なものであると認識される。このような使途不明金は、実質上損金性を具備しているものであるからできうる限り損金性を認めて行くべきものであるとの考えが強かった*3。実体はどうなのかを重視する実質基準型の考えである。そのため、当該支出の損金性を否認するためには、その実質を十分確認する事実認定が要求され、その立証責任は税務行政庁に比重があったと考えられる。

なお、このばあいでも損金処理した使途不明金が企業の業務遂行上損金として認められるためには、それが社会通念上一般にも通常かつ必要なものとしての費用をいうものであり、さらにはそれが違法目的すなわち犯罪ではないことが必要と考えられる。このような明らかに刑罰法違反となるものまでも税法が損金性を認めて行くことは租税正義の観点から許されるものではないとして制限を付けるものではあるが、それ以外の範囲内であれば間接的事実によって損金の存在を事実上認定し、企業の業務遂行上やむを得ないものとして損金性を認めてゆくべきものであると考えられていた*4。

3.今回の使途秘匿金の問題

この度の税制改正で、租税特別措置法第62条に「使途秘匿金」*5の条項が新設された*6。これは、昨今のマスコミ報道にあるようにゼネコン疑惑など政財界をとりまく社会的批判を背景としてでてきたものである。

この度の改正税法で新設された「使途秘匿金」は相当の理由なく帳簿書類等に相手方の氏名等が記載されていない場合をいう。すなわち形式基準で判断してゆこうとするものである。このばあい、ある支出が「使途秘匿金」でないことを主張するためには、その立証責任は納税者に比重がかかることとなる。

「使途秘匿金」は、制度創設の趣旨からすれば、「違法ないし不当な支出」にたいする政策的な見地からの「追加的な税負担」をもとめたものである*7。このことからすれば使途秘匿金の追加課税は「違法ないし不当な支出」に限定されるべきものであると考えることが素直な解釈と理解できよう。しかし、措法62条を読む限りにおいては「違法ないし不当な支出」という文字はみあたらない。あえてそれに該当するといえば、「相当の理由がなく」氏名等を記載していないものとする第2項のみである。第3項には税務署長が氏名等の記載がないことにつき「相手方の氏名等を秘匿するためでない」と認めた場合には「使途秘匿金」の支出には含めないことができると規定している*8。

「使途秘匿金」が立法の趣旨としては「違法ないし不当な支出」に対する政策的なものであるとしても条文上は「違法ないし不当な支出」であるか否かという判断基準ではなく、「相手方の氏名等を秘匿する」か否かという判断基準に立っていることを理解する必要がある。立法者は「企業が相手先を秘匿するような経費支出は、違法ないし不当な支出につながりやす」いと認識しているものであろう。しかし、「違法ないし不当な支出」は「相手先を秘匿する」とは限らず、「相手先を秘匿する」ことは、すべて「違法ないし不当な支出」であるとも限らない。とはいうものの、「違法ないし不当な支出」は「相手先を秘匿する」ことが多ことも事実であろう。「違法ないし不当な支出」は「相手先を秘匿」していることについて相当な理由があるとしてその対価性と金額の妥当性を証明することは非常に困難であるとの現実的な判断から「相手先を秘匿する」ことは「違法ないし不当な支出」と決めつけることで工作資金、ヤミ献金や裏リベートなどの「違法ないし不当な支出」に対する追加課税を実現させようと判断したと推察できる。

たしかに、「相手先を秘匿」した金銭の支出を把握すればかなりの確率で「違法ないし不当な支出」を把握することができようが、そうではないものまでも網をかぶせることとなる。そこで、「相当な理由なく」という文字が注目されることとなる。

4.相当な理由

「相当な理由」の理解について二つの見方があると考える。一つは、相手先を秘匿しているものは原則40%加算があるものの、相当の理由があるものは外すとする考え方。いま一つは、相当な理由がある限り費用性を認めるが、相当な理由がなく相手先を秘匿する場合は費用性を認めず否認するとする見解*9である。前者は「相当な理由」を除外規定として消極的にとらえ、後者は積極的に解釈しようとしている。さらに、前者は40%加算の問題をとらえているが、後者は費用性を認める認めないという問題を主体としている。たしかに、いままでの使途不明金の議論は損金不算入の問題として議論されてきたが、今回の使途秘匿金の問題は重課の問題としてとらえるべきで次元が違うという指摘もある*10。

5.相当な理由の不確定性

ところで、「相当な理由」とはどのような理由をいうのであろうか。手帳、カレンダー等の広告宣伝用物品の贈与やチップ等の小口の謝金等*11。金券ショップが映画などのチケットを購入する場合や、得意先にテレホンカードを配布する場合*12、セリの売買、ブローカーからの通常対価による商品の仕入れ、または災害等で帳簿書類がなくなった場合*13、ガソリンスタンドがスポットでガソリンを仕入れた場合*14、等などいろいろな事例が考えられるが言葉で表すと「社外流出が明らかであって当該法人の事業内容、業界取引の慣行、支出金額の程度、支出の時期、支払方法、当該行為の態様、過去の支出実績等を総合判断することによって、業務上必要なものと事実上推認できる」*15ものをいうと言うことになるのであろう。

だが、例えいくら事例を集めても、いくら言葉で表しても、そもそも「相当な範囲」という表現自体が不確定概念なのである。このような不確定概念を法律に盛込むこと自体どうなのかという問題も残る。

それはともかくとしても、我々実務家は税務調査の現場において何が相当であるかということについて見解の相違が起きやすい。税務行政庁は厳しくみて行こうと判断するし、我々税理士はこのくらいなら問題ないであろうと緩めに考えやすい。その結果トラブルが発生することが多くなる。税務行政庁とトラブルを起すことは基本的には避けたいとする意志が税理士や納税者自身に働くから、事前に税務行政庁に相談することとなる。そうすると税務行政庁の担当者は後日自分に責任が掛ってくることは避けたいと考えるだろうから内部の取扱い等が決っていない限り不確定概念の問題は無難な範囲で解答することとなる。結局、税務行政庁に事前問い合せをしても納税者の立場に立った十分な判断はできないこととなる。とすれば、やはり原点に戻って我々税理士が法律を積極的に判断して問題解決に当るべしということになる。ここでは、納税者・税理士・税務行政庁にとって一番よい解決法は、不確定概念を少しでも明確な概念にして行くことではなかろうか。それは、問題の小さい分野では明確な形式基準を採用し、問題の大きい分野では実質基準で判断することである。

税法は、国のためにだけに在るのではなく、国民のためにだけに在るものでもない、国と国民のために在る。そうであるとすれば、法律により少しでも明確な規定を用意することは判断の明確性という観点から国も国民も望ましいことであると考えられる。もちろん、そのデメリットも在ることは事実であるが、無用なトラブルを回避するためには明確な基準を用意することは有効である。

アルバイト等多用するファーストフード店では接客のマニュアル化が徹底している。マニュアル化がなされたことにより、アルバイターの質が変化してもお店として来店客に均一な対応ができる。しかし、予想外の事態にはベテラン店員が個別対応する。こんな仕組が企業にとっても来店客にとっても満足いく仕組だと考えられている。いわば、マニュアルが形式基準でベテラン店員が実質基準と考えればよい。

6.実務家としての提案

なんとかこの不確定概念を明確化させるため、そして税務の現場における無用な混乱を回避するためにも*16形式基準を取入れることは必要ではないかと考える。いわば、金額基準を取入れて一定金額程度までなら相手先が秘匿されているものでも相当な理由有りと判断するという基準である。

そこで、どの程度なら妥当か検討するに、小規模零細企業は中堅中小企業や大企業と比べれば人的資源が不足しており、帳簿記帳についての意識が低い現実を考えればある程度の金額基準を設定すべきものと判断し、逆に中堅中小企業や大企業は経理事務レベルも小規模零細企業より高いことを考えれば金額基準を設定することが税金の逃げ口になる危険性が多くなってくるとも考えられる。そこで資本金1,000万円までは年間40万円、さらに、1,000万円を超えて5,000万円までは年間30万円までの金額で、5,000万円を超えたら金額基準無しとして、資本金に応じて相手先の氏名など記載されていないものがあっても相当な理由があるものとみなす基準を設けてはいかがかと提案したい*17。ちょうど今回の改正税法により同時に改正された交際費の限度額の計算上、定額控除限度額以下の支出交際費等の10%を新規に損金不算入とされたことからも、この程度の金額を使途秘匿金と判定しない金額基準とすることには妥当性があるよう私は考える。

7.おわりに

税務行政庁といえども所詮普通の人の集りである。ということは、やはり天使のささやきばかりでなく悪魔のささやきもあり得るということを認識して置かねばならない*18。そのためにも法律に基づいた判断を常に心がけ、法律による判断が不明確であるからとして、税務行政庁の裁量の範囲に身を任せることを避けて、そのような環境を改善する努力こそが必要であると考える。つらく苦しい道であっても租税正義という天使のささやきに向って自らを奮い立たせることこそが人の道と考える。*19


 

注記

*1使途秘匿金の発生原因をみれば「企業活動がすべて合法的、かつ合理的な面のみで支えられているのではない実情を示している」平川忠雄「税理」37巻8号51頁

*2碓井光明「法人税における損金算入の制限」−所得課税の研究−金子宏編321頁

*3高野裕「使途不明金」−租税実体法の解釈と適用−松沢智編287頁以下

*4高野裕「使途不明金」−租税実体法の解釈と適用−松沢智編290頁

*5今まで使途不明金とはいうものの「支出した法人自体としては、使途が不明ということは本来あり得ないから、使途不明という語は正確ではない。」(松沢智「租税実体法(増補版)」301頁)として、正しく言えば「使途秘匿金」であると指摘されてきた主張を受けて今回の租税特別措置法第62条の「使途秘匿金」という表現になったことは推測に難くない。

*6この度の改正税法における「使途秘匿金」の内容については税研の前号(’94年5月号18頁以下)において大江普也税理士が取上げておられるから詳しい内容はそちらの方を参考にしてもらいたい。

*7大江普也「使途秘匿金をめぐる問題」税研’94年5月号21頁。なお平成6年2月9日税制調査会答申も同趣旨。

*8白色申告者の場合、形式基準だけを当てはめれば全額使途秘匿金となる可能性もあるが、それは第3項の問題とされよう。渡辺淑夫「使途不明金等を巡る税務問題」税経通信’94.5座談会発言160頁。

*9松沢智「使途秘匿金と課税の法理」税経通信’94年6月号9頁

*10山本守之「課税の適正・公平の確保」税理37巻5号71頁

*11大江普也「使途秘匿金をめぐる問題」税研’94年5月号24頁

*12週刊税務通信平成6年5月30日号3頁

*13大蔵省主税局税制第一課長大武健一郎「経理情報」716巻61頁発言。

*14山本守之「課税の適正・公平の確保」税理37巻5号71頁

*15松沢智「使途秘匿金と課税の法理」税経通信’94年6月号6頁

*16渡辺淑夫「使途不明金等を巡る税務問題」税経通信’94.5座談会発言163頁。

*17松沢教授は300万ないし400万程度は業務上通常必要性があると考えてもよいのではないかとしている。松沢智「使途不明金をめぐる監査役の役割と責任」税理36巻15号118頁

*18局サイドでは、例え帳簿に記載があったとしても「反面調査や資料化を拒む場合などは使途を秘匿している場合と同様に扱われる可能性もある」週刊税務通信平成6年5月30日号3頁。これは事実とすれば悪魔のささやきであろうか。

*19前記以外の参考文献として、山本守之「交際費等の判定基準及び使途不明金の損金算入要件」税務事例研究18号1頁以下。加藤一彦「使途不明金」守之会論文集創刊号141頁以下。松沢智「税務上の挙証責任の帰属と納税者の対応」税理37巻8号16頁以下。松沢智「税社会学の意義・方法論」税法学519号平安建都1200年祭祝賀記念号19頁以下。その他の文献は高野裕「使途不明金」−租税実体法の解釈と適用−松沢智編292頁参照。


税研10巻56号54頁(平成6年7月号)掲載


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Last Updated: 5/9/96