未許可耕作権は

「土地の上に存する権利」か


 

大阪高裁昭和57年8月26日判決 (行集33巻8号1697頁)

措置法基本通達 31,32共−1の2

高野 裕


 

目次

第1章 はじめに

第2章 事実の概要

1 出訴に至る経緯
2 事実の概要

第3章 問題点整理

第4章 原告の主張

第5章 被告の主張

第6章 裁判所の判断

第7章 研究

1 未許可耕作農地に、賃貸借契約及び耕作権の取得を認定できるか。
2 未許可耕作権は「土地の上に存する権利」に該当するか。
3 通達が発せられる前の事案については当該通達の適用が無いか。
4 「特定住宅地造成事業等の特別控除」は耕作権譲渡に適用されるか。
5 年貢等について。
6 その他の研究

第8章 まとめ

[注記]

[参考文献]


 

第1章 はじめに

本事件の争点は、農地法3条所定の許可を受けずに耕作されていた未許可耕作権は「土地の上に存する権利」に該当するかという問題である。その問題の根底には、法形式が十分充足されなくとも社会的事実として権利が認められており、さらに経済的実質を具備しているものは租税法解釈上認める必要があるかという租税法解釈の問題がある。課税要件事実の認定にあたって形式と実質の乗離をどうするかという問題である。

第2章 事実の概要

1 出訴に至る経緯

原告Xは訴外Aらの所有する農地を、農地法3条所定の許可を受けずに耕作していたが、昭和48年8月、Aらが本件農地を京都市土地開発公社へ譲渡するに際してXがAらから本件農地の離作料として一億余円を受領した。Xは昭和48年分の所得税確定申告に際し、本件農地は農地法上の許可を受けていないとはいえ未許可の耕作権を有していたとして、Aらから受け取った本件離作料は租税特別措置法(昭和50年改正前)31条にいう「土地の上に存する権利」の譲渡によるものであるから同条の長期譲渡所得の課税の特例(分離課税の課税の特例)が適用され、さらに同条34条の2の特例(特定住宅地造成事業等のため土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除)が適用されるとして確定申告をした。これに対して所轄税務署長Yは、Xは農地法3条の許可を得た永小作権ないし賃借権等を有していたものではないとして、本件農地について「土地の上に存する権利」を有していたものとは認められず、措置法の適用も認められないとしてXの昭和48年度所得税申告につき更正処分を行った。本事件は当該更正処分の取消を求めて争われたものである。

2 事実の概要

本事件の事実概要を時系列的にまとめてみると次のようになる。

昭和9年頃(X4歳の時) Xは母ツルと共に母の実兄小西重太郎方に引き取られ成長、重太郎の営む農業を手伝ってきた。

昭和32、33年頃 重太郎が狭心症のため、代わってXが主体となり農業に従事した。

昭和36年8月27日 重太郎死亡したが、生前重太郎の子恒夫には農業を継がせず、Xがこれを継ぐように言明していた。

死亡当時、重太郎の妻Aは健康にすぐれず、長男恒夫(19歳)は大学受験のため勉学中であり、長女貞子もまた在学中(小学校6年)であって、X(31歳位)を除き、重太郎の農業を継ぐ者がいない状態であったため、Xが農業を引き継ぎ、以後小西方、X方の生計は主としてXの獲得する農業収入で賄っていた。このころ農協関係の名義をXに変更した。

昭和42年10月 恒夫は大学を卒業して就職し、結婚のため家を新築してA、貞子とともに新居に移り、小西方とX方の生計は分離することとなった。

昭和42年頃 XとAとの間で「本件農地等は従前どおり原告が耕作し、これに代え、小西方で年間に消費する米10俵、本件農地等の固定資産税にほぼ匹敵する1万円を年貢として小西方に供与する」との合意が成立した。以後、Xは米10俵を区分して小西家のために保管し、小西家においてこれを随時引き取り、1万円についてはXが年末に小西方に持参してAに支払ってきた。この時点で、水利組合、土地改良区の関係でも名義をXに変更し、以後、小西家がXの農業を手伝うことはほとんどなくなった。

昭和47、48年 本件農地は休耕田となった。米生産調整奨励補助金及び同協力特別交付金はすべてXが受領し、これら補助金等により米を購入して小西家への米の供給を続け、1万円の供与はAらの農地売却まで続いた。

昭和48年8月 Aらは本件農地を京都市土地開発公社に譲渡し、譲渡代金の内一億余円をXに支払った。

第3章 問題点整理

本事件の問題点を次の5項目に区分して整理してみた。以降の原告の主張、被告の主張、裁判所の判断についてもこの5項目に合わせて整理してみた。

@ 農地法3条所定の許可を受けずに耕作されていた農地について、賃貸借契約及び耕作権の取得を認定できるか。

A 未許可耕作権は旧租税特別措置法31条の「土地の上に存する権利」に該当し、長期譲渡所得の特例適用を受けることができるか。

B 通達が発せられる前の事案については当該通達の適用が無いか。

C 旧租税特別措置法34条の2第1項の特例(特定住宅地造成事業等のため土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除)適用は耕作権譲渡に適用されるか。

D 年貢等について。

第4章 原告の主張

原告Xの主張を上記問題点の整理項目に合わせてまとめると以下のようになる。

@ 農地法の目的は、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護し、並びに土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整し、もって耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ること」(同法1条)にあるから、未許可耕作者に対して一切の権利、一切の財産的価値を否定することは法の本旨とはいえない。さらに、未許可とはいえ社会的事実として本件農地に関する耕作権を有していた。

A 措置法31条は宅地の大量供給を図ることを目的とし、農地等の土地譲渡を容易にするというところにある。このことからすれば未許可でも耕作者が現実に農地を耕作している場合には、この農地耕作者の同意無しに宅地化することは実際には困難なことであるから、未許可であっても措置法31条にいう「土地の上に存する権利」に該当するというべきだ。しかも、「わが国の農村においては、永小作権の設定に際して農地法所定の許可を得るという社会慣行は一般的に存在せず、多くは、当事者の合意と農協関係、水利組合関係の名義変更手続きのみで、永小作権が設定されている。これが一般の法意識であり、社会意識である。」

B 通達を発した国税庁長官には法律制定権はないから、本件通達により課税基準が変更されたわけではない。本件通達は解釈の地域的ばらつきをなくし、課税の画一性をはかったにすぎないから本件の解釈は当該通達と同一に解釈すべし。

C 耕作権解約の対価である本件所得は特例の適用を受けるものである。さらに、公拡法が買い取りの対象を所有権に限定しているのは事務処理上の便宜にすぎないし、買い取りの実際上土地賃借権者の協力なくしては同法の目的を達成することは難しいから当然土地賃借権者も本件優遇措置を受けてしかるべきである。

D 米10俵は本件農地等を使用収益する対価である。

第5章 被告の主張

被告Yの主張を上記問題点の整理項目に合わせてまとめてみると以下のようになる。

@ この頃の地価高騰という環境を考えると、耕作を許諾した時点で見返りとして金品を受領していない本件の場合、永小作権なり賃貸借権なりの権利の設定があったとすることは余りにも経済観念を忘却した行動となる。実態は権利の設定ではなく農地の管理を委ねたものである。

A 措置法31条の「土地の上に存する権利」とは、土地を直接占有する事を内容とする権利であって、その解消に当たっては権利者が正当な対価を要求し得るものをいうべきものである。そこで、農地法の許可を得ない権利の設定・移転は私法上効力を生じないと農地法3条は規定する。このことから、措置法31条の「土地の上に存する権利」は農地法の許可を受けている権利を予定しているといえる。

B 通達の効力は発せられた時点以降であるから、それ以前に生じた事象には適用される余地はない。

C 当該特例の適用を受ける者は当該土地の所有者に限られる。

D 小作料の物納は農地法上禁止されているし、本件小作料を金額換算すると最高額を越えているから本件米10俵は小作料でなく事実上使用収益していた謝礼である。

第6章 裁判所の判断

原告Xの主張と被告Yの主張を受けて裁判所は以下のように判断した。なお、この裁判所の判断についても上記問題点の整理項目に合わせてまとめて有る。裁判所の判断で地裁と高裁の判断に相違がある点はCの特例適用があるかないかという問題点である。

@ Aは農地耕作を承諾し小作料を受領していたという事実。Xは農地法の許可がない点を除けば農協関係、水利組合、土地改良区関係の名義を自己に変更し、さらに米生産調整奨励補助金等を受領しいてたという事実。及び本件譲渡の際、農業委員会の指示により本件耕作権の解消の対価として正規の離作料とほぼ同じ割合で金員が支払われ、買主たる土地開発公社も当然のこととして離作料等の支払により本件耕作権解消を了解したと認められる事実。以上のことから判断すれば農地法の許可を受けていない本件耕作権は賃貸借(小作)契約として完全に成立し、原告Xは本件農地の賃貸借契約に基づきAらにたいし農地法の許可申請手続きを訴求することができ、当該許可があれば賃貸借設定の効力も生ずるということから、本件農地の耕作について条件付権利を有するものである。さらに、この権利は経済的価値も認められる。

A 措置法31条の「土地の上に存する権利」とは、土地を直接占有することを内容とする権利で、その解消にあたって権利者が正当な対価を要求し得るものである。本件耕作権は農地法の許可がなされていないものの、条件付権利としての権利が認められ、しかも経済的価値も認められる。さらに農村社会においては農地法の許可を受けないまま小作関係が成立する事例が多く、許可を受けた小作関係と同様に一定の機能を果たしていることが認められる。以上のことから措置法31条の「土地の上に存する権利」に本件耕作権は該当する。結局、原告Xは本件農地を管理していたものではなく、貸借していたものである。

B 通達は国民に対して拘束力をもつ法規ではないから本件通達が発せられた後の事案についてのみこれに従った解釈をすべしとする根拠はない。

C−1 地裁の判断

Aらが本件離作料を費用として控除して特例適用を受けた以上原告においてもその受領した本件離作料につき措置法上の特典を与えるのが公平である。

C−2 高裁の判断

本件特例は土地所有者に対し税法上の優遇措置を与えることにより地方公共団体等が公拡法の定めにより行う土地所有者からの土地の買取りをより実効あらしめることを計ったものである。そこで、土地所有者が離作料を費用と認められて特例適用を受けたからといって原告にも同様の取扱いをすべき理由はない。

D 米10俵と1万円の供与約定はAらに対する報恩ないしは謝礼の趣旨を含むとしても、なお本件農地等耕作に対する対価性を失わないものである。

第7章 研究

原告の主張、被告の主張及び裁判所の判断につき問題点の整理項目に従って検討を加えてみたい。

1 未許可耕作農地に、賃貸借契約及び耕作権の取得を認定できるか。

農地法3条において、許可を受けないで為した行為は、その効力を生じないとされている。この場合の許可は一種の法定条件であり、その私法上の内容は物権的効果と債権的効果を区分して考え、農地の売買契約において、許可前は債権的効力は有効に生じているが、所有権移転の物権的効力だけが生じていないとの考えが通説・判例である*1。通常、農地の売買契約を当事者間で締結した後、許可申請を為し、許可後登記手続がなされて代金の支払を完了するという具合に手続きが進行する。もし、売買契約が為された後、相手方が許可申請を為さない場合において、相手方に対して許可申請を為すよう請求する権利がないとしたならこれは問題である。この場合、売買契約は有効に成立しており、当該売買契約に基づき相手方に対し許可申請を為すよう請求する権利が発生すると考えることが通常である。但し、売買契約の効力が許可を受けるまで制約を受けているという停止条件付きである。

本事例においては賃貸借契約及び耕作権の取得を認定できるか否かは、まさに事実認定の問題である。Xは「社会的事実」として耕作権を有していたと主張し、Yは地価高騰という社会的風潮からみれば十分な金品の授受なしに権利設定などするはずがなく、もし為したとするなら経済観念を忘却しすぎているから、単に管理を委ねたものと主張する。Xは恩とか義理といった考えが強く、Yは損得計算が先に来る現代的考えが強いと思われる。裁判所の事実認定によればYが主張するような損得計算より恩とか義理の世界が強いものであることが理解できる。さらに、このような恩や義理の世界はXのみの特殊なものではなく、Xが生活していた農村地域全体の住民に共通の基本的考え方で有ったであろうことは、農村地域またはその近隣に生活したことのあるもので有れば十分推測がつくことである。

農村地域内においての地域内当事者間の契約は口約束であっても、地域の長老等顔役の立ち会いがあれば十分その履行が保証されるものであり、書面による契約である必要性は高くない。これは「ムラ」社会の特徴ともいえるものであり、「ムラ」の構成員は約束を守らなかった場合「ムラ」そのものからの追放なり村八分などの「サンクション」(制裁)を受ける可能性を秘めている。個人の自由、私的自治を主張する近代法と前近代的思考が温存されている農村地域においては、かなりのギャップがあることは当然のことであり、その事実を認識せずに農村地域における法律問題に近代法の理念を教条的に押しつけて判断することは誤りと認識せずにはいられない。しかし、単に農村地域に「ムラ」思考があるからとして「ムラ」思考を肯定し、近代法を否定することを善としているものではない。戦後日本の農村地域においては「ムラ」の崩壊が進展し近代社会へと移り変わりつつあるが、いまだ地方においては建物や道路が都会的になったといえども、人々の頭の中では「ムラ」が息づいているという「現実」を事実としてまず認識することが大切である。その上で、近代法の理念に照らして法の判断を為すべきものであると考える。

本事例においてもまず事実関係はどうであったかについて、Xが農村地域で生活をしており、農協関係、水利組合、土地改良区関係の名義を変更し、米生産調整奨励補助金等を受領していたこと等を考え合わせれば、Xは地域においては農地の耕作権をもっていたと客観的に承認されていたことは十分推測され得る。すなわちXが主張するように「社会的事実」として耕作権を有していたと認識できる。さらには、農地法3条の許可は多くの農村地域において事実として売買があっても許可申請を為していない例がかなり多く現存している。だからこそ昭和49年に通達*2が未許可耕作権も「土地の上に存する権利」であると発せざるを得なかった訳である。このような状況において農地法3条の許可がないという形式的判断のみでXには耕作権はないと判断することはできない。実体的判断によればXに耕作権は十分有り、その権利により収益も得ていたと理解できる。これはXの社会的事実である。しかし、この耕作権について近代法の観点から判断すれば農地法の許可がないという事実に基づき考えれば条件付権利であるとの裁判所の判断は十分納得できる判断である。

2 未許可耕作権は「土地の上に存する権利」に該当するか。

Xは、事実として農地を耕作している。さらに、わが国の農村において、永小作権の設定に際して農地法所定の許可を得るという「社会慣行」は一般的に存在せず、多くは、当事者の合意と農協関係、水利組合関係の名義変更手続きのみで、永小作権が設定されている。これは一般の法意識であり、「社会意識」であると主張する。Yは農地法の許可を得ない権利の設定・移転は私法上効力を生じないと農地法3条が規定していると主張する。Yは法の規定に終始し、社会的現実を直視しようとしない形式主義に陥ってしまっている。たしかに農地法3条の規定はYの主張の通りであるが、Xが主張するように農地法3条そのものが農村社会に於いては有効に働いていなく、「社会慣行」「社会意識」とのズレを生じている。農村地域に一番かかわりの多い農地法そのものが農村地域での社会慣行、社会意識と違ってしまっている事実は滑稽にさえ思えてくる。しかし、だからといって農地法3条の規定は無効であるなどということでないことは理解できよう。農地法3条は、許可なければ効力なしと規定するが、現実は許可なくとも社会慣行、社会意識では許可の有るものと同様に一定の機能をはたしているという事実を裁判所は認めている。裁判所は形式的判断ではなく実質的判断を前提にして本事例をとらえている。その上で裁判所は措置法31条にいう「土地の上に存する権利」に当該未許可耕作権は該当するかについて判断している。

措置法31条の「土地の上に存する権利」とは、土地を直接占有することを内容とする権利であって、その解消に当たっては権利者が正当な対価を要求し得るものをいう、とY及び裁判所は定義している。ここにいう土地を直接占有することを内容とする権利に、社会的事実として許可を受けた耕作権と同様に一定の機能をはたしている未許可耕作権が該当するか否かが本事例の最大ポイントである。それでは、農地法の許可を受けた耕作権は「土地の上に存する権利」足り得るものであろうか。

判例を検討すれば、昭和42年11月29日山形地裁判決(行政事件裁判例集18巻11号1553頁)は引湯権について、「土地を利用することを内容とする権利でなく、また、右土地そのものの便益に供するための権利でもないから」「土地の上に存する権利」でないとしている。昭和52年2月7日東京地裁判決(税務訴訟資料91号147頁)は、「土地の上に存する権利」とは「地上権、土地賃借権のような土地を直接利用することを内容とする権利及び地役権のような一定の土地の利用価値を増すために他の土地の上に支配を及ぼす権利をいうのであって」温泉利用権のごときものは、これにあたらないとしている。これらから考えるに、耕作権はまさに土地を直接利用する権利であることから、「土地の上に存する権利」に該当すると判断できる。農地法の許可を受けた耕作権は問題ないとすれば、未許可耕作権はいかがなものであろう。

租税特別措置法は一般に課税上の恩典を与えるものであるとの考えから、拡張解釈は為すべきでないとして厳しく考える考えも起きてくる。Yの形式的解釈はこのような考えでなされたとしたら理解できないわけではない。*3しかし、租税法が本質的に私人間の経済取引関係にたいして租税を課税するものであるため、私法取引という私法行為を判断した上で租税法律主義に基づいた課税をせねばならないことから、租税法解釈にあたってはその私法実体の的確な認識がなされた上で租税法としての判断が為されるべきである。まず私法的法律関係の実体把握である、そのうえで税法上の課税適状に有るか否かを判断せねばならない。税法上の所得とは人の担税力を増やす経済的利得であると言われている*4。それは事実としての法律関係を認識して実状の実質を明確に為した上で、税法としての担税力増加が有ったか否かを判断するということであり、経済的成果や目的から法律関係を判断するものではない*5。さらに担税力を増やす経済的利得が有ったか否かについて、その実体把握をすべき法律実体は担税力を増やすような社会的秩序の力*6により事実支配されている現状を認識することである。本事例において、Xは未許可の耕作権ではあるが社会的秩序の力により事実上Xに支配されている耕作権であり、当該耕作権によりXは経済的利得も得ていたと認識できるから、この未許可耕作権も裁判所が判断したように措置法31条にいう「土地の上に存する権利」であると認識してもよいと考えられる。このように判断することは、租税法解釈における実質主義の要望に合致するものである。

金子教授は非課税規定を活用し、租税回避行為を行ったグレゴリー事件を通して「事業目的の原理」を重視する考えに注目し、そこから、ある規定の解釈に当たって、その中に立法趣旨を読み込むことによりその規定を限定的に解釈する解釈技法に注目されておられる*7。すなわち、法形式が整っているからといって、常にその規定が適用になるとは限らない、その非課税規定の立法趣旨に反する、立法目的とは無縁な租税回避のみを目的とする行為は排除される、としている。この考えは法の形式は十分であるが法の趣旨に反するものは適用除外されるとの考えである。では逆に、同じ非課税規定で法の趣旨には合致するが法の形式が不十分である場合はいかがなものであろうか。このばあい、趣旨も形式もともに不十分である場合は問題外となること当然である。形式は不十分であっても実態は法の趣旨に合致している場合、形式が不十分であるとの理由で対象外とする事は問題有りとされよう。そうであるならば本事例のばあいにおいても未許可耕作権といえども事実関係が許可耕作権と一定程度同一であり、措置法31条にいう「土地の上に存する権利」としての実態をもっているならば「土地の上に存する権利」と認識することには問題ないと考える。さらに、Xが主張するように、措置法31条は宅地の大量供給を図ることを目的とし、農地等の土地譲渡を容易にするというところにある。このことからすれば未許可でも耕作者が現実に農地を耕作している場合には、この農地耕作者の同意無しに宅地化することは実際には困難なことであるから、未許可であっても措置法31条にいう「土地の上に存する権利」に該当すると考えることは措置法31条の立法目的にも合致するものと考えられる。

3 通達が発せられる前の事案については当該通達の適用が無いか。

いわば、通達は行政庁の法解釈方針であって、行政庁の職員むけ社内マニュアルと考えれば理解が速いであろう。そのマニュアルが租税法の唯一適正な解釈であるはずがない、しかし、おおむね妥当な解釈を為しているため、そのマニュアルが参考とされるケースが多くなってしまい、いつのまにかマニュアルがすべての判断基準となってしまい、マニュアルが一人歩きしてしまうことは高度に複雑化した現代社会の陥りやすい欠点であり問題点である。このマニュアルを常にチェックして、その是非を専門的に検討し国民の適正課税を保証し、租税正義を守らねばならない者はまさに我々税理士である。その意味からも今回のこの本のテーマである「通達を変えた判例」という研究は意義あるものである。

通達がいつ発せられたかという時期の問題が大きな問題となるのは、行政庁の職員であり、それ以外の人間に取ってはどうでもよいことである。社内マニュアルがどうであるかより、租税正義はどうであるかを考えるだけである。ただ、行政の社内マニュアルも一応参考にする程度のことである。本事件発生時期の前後にはあちこちで未許可耕作権の問題が発生していたために、行政庁の内部においても取扱いをどうするかの検討がなされ、未許可耕作権も措置法31条にいう「土地の上に存する権利」として取り扱うという方針が決定して社内マニュアルに記載した、すなわち措置法基本通達31,32共−1の2である。行政庁も未許可耕作権は「土地の上に存する権利」との解釈が租税正義に合致するとの認識をもったことのあらわれとして社内マニュアル(通達)に記載したとの理解が適正であると認識する。そうであるとするならば、行政庁が当該訴訟事件において係争時には社内方針が決定してマニュアルにも記載しているにもかかわらず、法廷では時期がどうのこうのと争うこと自体、行政庁に対する不信を感ぜざるを得ない。租税正義は未許可耕作権も「土地の上に存する権利」であると行政庁が訴訟段階で認識していながら争うこと自体、国民の強い不信を増長させるものでしかない。

ところで、平成3年12月18日「課資3−1,課所4−5」通達により「農地等の総収入金額の収入すべき時期」の改正で、農地は許可なくとも、引き渡しで収益を判断するようになった。これは収益計上の時期の問題であるが、農地に付いては時期についても社会的現実を加味する取扱いとなったということである。このような通達がようやく出されたということは、行政庁の農地に対する取扱いがようやく統一されてきたとの認識もできよう。

4 「特定住宅地造成事業等の特別控除」は耕作権譲渡に適用されるか。

この問題に付いては裁判所の見解も分かれ、地裁は実状から考えると所有権者が耕作権の解消の対価として支払った離作料を費用として控除した上で当該特別控除を適用したものであるから離作料も特別控除の対象とすることが公平であると判断している。これに対して高裁は当該特別控除の法の主旨から考えるに土地の所有者からの土地買い取りを対象としているものであるから、土地所有者が離作料を費用として認められたからといって、その耕作権者までも対象としたものではないとの判断である。租税法解釈においては、まずその実態を把握し法の主旨に照らして判断して行くことを考えれば、高裁の判断は妥当なものと認識し得る。

5 年貢等について。

以上の本事件の事実認識と、いままでの検討から判断すれば、米10俵と1万円の供与約定は裁判所が判断したように、XのAらに対する恩と義理、謝礼の趣旨を含んでいることは事実であろう。だからといってYが主張するように、小作料ではなく使用収益していた謝礼として当事者間には賃貸借契約や耕作権契約はなかったとする論拠にはなり得ない。裁判所の判断の通り本件農地等耕作に対する対価性を失わないと考えるべきものであると認識する。

6 その他の研究

社会の進化にともない実体を表示するものが形式化され、実体の特徴的現象をとらえてパターン化されてくる。このパターン化による形式化が社会をより進化させてくる。いわば流動化の進展である。社会の流動化が始まると、流動化そのものが流動化・形式化を相乗的に押し進めて行く。例えば、不動産登記という手法は不動産を現物でしか確認できなかったものを、登記簿という形式により不動産の流動性を促進させた。登記簿の表示という形式が物権の権利関係を正確に表示しているという信用を得させる努力により不動産の流動性が高まり、流動性が高まれば高まるほど、より一層登記簿表示内容の信頼性が要求されるからさらに信頼性を高める努力がなされることとなってゆく。このように登記簿という不動産の実体を表示する形式化が高度に進むと、例えその登記簿が実体と違った表示であったとしても、そこに示されている内容が正しいものであると信用されてしまい、その表示を信頼した第三者を保護する動きが出始める。こうなると、ついには形式が実体を離れて一人歩きしてしまう現象が起き始める。もっとも、現在のわが国の不動産登記法上においては、登記簿は公示力のみで公信力はないとされているから形式の一人歩き現象をなんとか食い止めているものといえる。しかし、このように社会が進展すればするほど実体と形式のズレによる問題は多くなり、形式の一人歩き現象に対する解決策が求められてくる。われわれが、とかく陥りやすい問題としてこの形式と実体のズレにより発生する問題である。この形式と実態のズレが発生したなら、実体はどうであるかという基本に戻り考えることの大切さを認識する必要がある。

第8章 まとめ

法が求めている状態に「形式的」に適合していなくとも、「社会的事実」として実体が適合しているもので有れば、その形式的不足を実体的充足によりカバーできるものであるとの解釈は必要なものと認識する。

本件判決は妥当なものであると考える。そして、この措置法基本通達31,32共−1の2は本件判決の未許可耕作権を認めるという同じ考えの上で行われた通達と認識できる。


 

[ 注記 ]

*1 加藤一郎「農業法」155頁。仁瓶五郎「農地売買・転用の法律」161頁。

*2 昭和49年直資3−4等による改正後の昭和46年直資4−5等「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」31・32共−1の2

*3 平石雄一郎「未許可耕作権」税経通信39巻15号33頁。

*4 金子 宏「租税法と私法」3頁。

*5 金子教授は租税法解釈において「要件事実の認定に必要な法律関係についていえば、表面的に存在するように見える法律関係に即してではなく、真実に存在する法律関係に即して要件事実の認定がなされるべきことを意味するに止まり、真実に存在する法律関係からはなれて、その経済的成果なり目的なりに即して法律要件の存否を判断することを許容するものではない」としておられる。金子 宏「租税法第四版」124頁。

*6「税法上の所得概念とは、経済的利得がすべて所得となるのではなく、社会的な秩序の力によって、財産権の内容をなす経済的利益がその者の継続された事実的支配の裡に在って、担税力を認めうる程度にその利益を享受していると認められるような客観的事情が備わることによって課税適状を生じ、始めて所得となりうる」。松沢 智「租税法の基本原理」145頁。

*7 金子 宏「租税法と私法」24頁。


 

[参考文献]

金子 宏 租税法 第四版

平成4年 弘文堂

村井 正 租税法−理論と政策−

昭和62年 青林書院

北野 弘久 現代税法の構造

昭和47年 勁草書房

松沢 智 租税実体法 増補版

昭和60年 中央経済社

松沢 智 租税法の基本原理

昭和58年 中央経済社

桜井 秀美 新版 農地転用許可基準の解説

平成元年 学陽書房

加藤 一郎 農業法

昭和60年 有斐閣法律学全集

田中 二郎 租税法

昭和43年 有斐閣法律学全集

仁瓶 五郎 農地売買・転用の法律 全訂版

昭和63年 学陽書房

金子 宏 「租税法と私法」

租税法研究第6号1頁

武田 昌輔監修 コンメンタール所得税法

昭和58年 第一法規出版

青木 康 農地法上未許可耕作権が租税特別措置法につい「土地の上に存する権利」に当たるとされた事例

ジュリスト762号137頁

平石 雄一郎 未許可耕作権

税経通信39巻15号32頁


垂井他編著「租税法判例と通達の相互関係ー通達に影響を与えた判例の研究ー」

財経詳報社刊 平成5年 11頁以下掲載の草稿です

なお、ここに掲載した原稿は出版掲載原稿「未許可耕作権は譲渡所得の課税対象か」の草稿であって最終原稿と一部違っておりますのでご注意願います。


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Last Updated: 7/01/96