「税理士訴訟事例における税理士の検討」


 

<検討裁判例>

東京高裁 平成七年六月十九日判決 平六(ネ)3109号

判例時報1540号48頁

 

税理士 高野 裕


目次

 

T.はじめに

U.裁判例

1.事案の概要

2.争点

<Xの主張>

<Y税理士の主張>

3.判決の要旨

4.本判決の意義

V.考察

1.はじめに

2.A税理士についての検討

3.Y税理士についての検討

4.税理士責任の問題点と若干の検討

W.おわりに


税理士訴訟事例における税理士の検討

 

T.はじめに

 

 本判決は、平成7年に相次いで出された税理士に関する損害賠償事件で、注目された一連の判決(注1)のうち、唯一の高裁判決である。

 原審は、相続税の納付についての助言、指導を得ることは好ましいが、税理士の法的義務とまでいえないとして、Xらの請求を棄却した。これに対し控訴審では相続税の納付についての助言、指導は付随的義務であるとして、過失相殺した上で損害賠償を命じた。まさに、税理士という専門家の責任はどこまでなのかについて、一つの範囲を示した判決といえよう。このような問題が明確になってくる中で、では、我々税理士はどのように対処してゆかねばならないのかの検討が必要となってきている。そこで、本判決の認定事実を詳細に検討し、本件事件を題材として税理士として何が問題であったのか、どうすればよかったのか、今後どうあるべきかについて検討を加えてみたい。

 

U.裁判例

 

1.事案の概要

 相続税申告に関して、依頼人と税理士の間で発生した損害賠償請求事件である。

 被相続人は全財産を二女に相続させると遺言し、そのとおり相続税申告がA税理士によってなされた。その後、控訴人である長女Xらの希望で改めて遺産分割協議がなされることとなった。そこで、A税理士の紹介でB弁護士らに遺産分割協議の依頼がなされた。XはB弁護士らの話し合いが進まないので、たまたま知り合いのY税理士の妻を通じて遺産分割協議が早急に成立するようB弁護士を説得するためにY税理士に手助けをして欲しいと依頼した。Y税理士は、A税理士がいる限り税理士として仕事を受けることはできないが手伝いはしようと答え、A弁護士に働きかけた。ようやく遺産分割協議がまとまり、相続税修正申告については、XらがA税理士からの報酬請求について高いなどと不満を持ち支払いをしていなかったことからAに依頼できないため、Y税理士がやらなければ仕方がないと考えた。Y税理士は相続税修正申告書を作成後、Xらから書類及び修正申告の委任状に判子をもらってY税理士の署名捺印して提出した。なお延納許可申請はしなかった。Y税理士はXらに報酬の請求はしなかった。Xらは現金預金等がなく、当初から相続土地を売却して支払いをする予定であったが、なかなか買い主が決まらなかった。

 

2.争点

<Xの主張>

@当初から相続税修正申告に関する一切の手続を委任し、その内容に相続税延納許可申請手続が含まれる。

A申告に当たっては税額納付につき過剰な負担を負わせないよう務め、一括納付が困難なときは延納許可申請手続をなさしめるべき注意義務(助言、指導義務)があった。

B損害は、延滞税額と延納許可を受けた場合の利子税額との差額で、期間は税額完納等の時までとする。

<Y税理士の主張>

@好意により修正申告書を作成しただけであり税理士業務の委任を受けていない。

AXらは延納許可申請手続をする意思がなかった。

 

3.判決の要旨

(1)委任契約の成立とその内容について

 当初は、遺産分割協議が速やかに成立するようB弁護士と連絡することを依頼しただけである。委任契約成立は委任状受領したときと認められる。好意により申告書を作成したとの主張は、委任状を受領するに当たり税理士業務を受認したものではないとの説明がなされていないことから、委任状を徴求したことにより受認したというべきものである。報酬の約束の有無は委任契約成立を左右するものではない。

 委任の内容は委任状記載の相続税の修正申告書及びこれに関する税務調査立合説明と解すべきである。延納許可申請は委任事項に記載がないし、Xらが延納許可申請をして欲しいと思っていたとしても、内心に止まる限り契約内容とはならない。

 延納許可申請手続は、相続税申告の付随業務と解することができるが、具体的にXが延納許可申請手続を委任したかどうかは別個の問題である

(2)委任契約上の債務不履行の有無について

 「税理士は税務の専門家であるから、税務に関する法令、実務の専門知識を駆使して、依頼者の要望に適切に応ずべき義務がある。すなわち、相続税の修正申告を受任した場合には、善良な管理者として依頼者の利益に配慮する義務があることはもちろんであり(民法六四四条)、税理士法上の義務として、法令に適合した適切な申告をすべきことは当然であるが、法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があるというべきである。そして、租税の申告(税額の確定作業)に伴い租税の納付が必要となるのであり、依頼者に納付の時期及び方法について周知させる必要がある。」

 本件の場合、延納の許可を受けるかどうかによって、Xらが負担する付帯税の額に大きな差がある。Xらは相続税を相続する土地の売却代金から支払うことを予定していたが、確実に売却できる見込みがあったわけではなく、Y税理士はその事情を承知していたものと推認できる。「したがって、本件においては、相続税の修正申告に当たっては、相続税の納付がいつ必要であるのかを控訴人らに説明し、その納付が可能であるかどうかを確認し、これができない場合には、延納許可申請の手続をするかどうかについて控訴人らの意思を確認する義務があるというべきである。

 このような納付についての指導、助言を行うことは、本件の事情のもとにおいては、単なるサービスというものではなく、相続税の確定申告に伴う付随的義務であり、この懈怠については債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。

 なお、税理士法二条には税理士の行う業務を限定的に列挙しているが、これは税理士の資格がないものに税理士業務を行うことを禁じること(税理士法五二条)のためにその範囲を明確にするためであって、税理士の責任を負うべき事務の範囲を限定する趣旨のものと解することはできない。」

(3)Xらの損害について

 Xらは、長期間延納を予定していたわけではないから1年間の損害を認め、Xらは、延納手続については熟知していたから、Xらにも過失があったとして過失相殺を3割とする。

 

4.本判決の意義

 税理士業務の付随的義務範囲を明確にしたことが、第一義的意義である。

 

V.考察

 

1.はじめに

 本件事件には税理士が4名関係している。すなわち、本件被控訴人であるY税理士とY税理士事務所のS税理士。それから、当初の相続税申告をなしたA税理士とA税理士事務所のC税理士である。事実認定の内容からすれば、S税理士とC税理士は勤務税理士であると推察できる。このような勤務税理士を抱えている税理士事務所であるとすれば、それなりに税理士事務所としては規模のある事務所であると考えるのが通常である。

 本件相続税の遺産総額は10億円を越えており、相続人も多数いることから税理士報酬額は税理士業務報酬規定によれば300万円以上となる。

 当初の相続申告は平成2年12月と推定される。Y税理士がXと初めてあったのは平成3年4月。遺産分割協議がまとまったのが平成3年8月。修正申告書作成し委任状を徴収後提出が平成3年9月である。

 このような状況で、Xと税理士の間でトラブルが発生した本質問題は、どこにあったのか、そしてどうすべきであったのか、これからどうすべきなのかなど検討してみたい。

 

2.A税理士についての検討

(1)事実認定からの検討

 高裁の事実認定から、A税理士とXとの関係について拾い出してみたい。

@関与状況

 相続税申告書作成提出、遺産の評価等の資料作成、遺産分割協議の案文作成、案文を前提とする相続税の賦課から納付までのシミュレーション作成。延納手続。B弁護士の紹介。

A請求状況

 12月中に報酬請求書を送付、翌年再度送付したが支払いはなかった。

BXらの状況

4月、A税理士の報酬が高いなどと不満を持ち、以後A税理士に依頼するつもりがないとB弁護士に述べたが、A税理士の関与を明確に断った形跡はない。Xは遺産の中に預貯金類がなく手元にも現金がなかった。

(2)事実認定からの問題点

 次にA税理士の問題点は、@何故報酬が高いなどとXらが不満を持ったのかという点と、AA税理士はXら当事者の意向を十分確認して申告をなしたかという点である。

(3)問題点の検討

@事前に請求金額について合意がなされていたか

 事前に請求金額について合意があったわけではなく、申告業務がなされてから請求書が出され、依頼者が高いと不満を持ったものと考えられる。これは通常の税理士事務所が行っている請求方法であって、A税理士が特殊であるわけではない。この場合、依頼者Xらには、手元に現預金があまりなかったことが認められるから、事前に請求相当額の提示がなされ、金額について承知の上で依頼していたら、対応が違っていたと考えられる。また、金額が事前にある程度分かっていれば、そもそもA税理士には依頼せず他の税理士を、捜したかも知れない。

A何故回収努力がなされないのか

 業務を全うしたはずなのに、なぜ請求額を支払わない相手方に売掛回収の努力がなされないのか、という疑問が浮かぶ。これは、通常の企業なら回収努力することは当然であり、税理士が企業に経営アドバイスする場合、「商売というものは売っただけではダメである、資金を回収して初めて完結する」と、アドバイスしていることからも疑問が残る。

 想像されうることは、無理に回収しようと詰め寄れば、先方から「そんなに高いとは思わなかった、依頼内容から見れば請求額が高すぎる。事前に遺産分割について相談されなかった、相談があっても、申告まで時間的余裕がなく、もっと早くから十分な時間をとって相談して欲しかった。手元に現預金がないことを知っていながら、一方的に請求書だけ送りつけ、払えという方が無理。分割払いなり何らかの、提案があってよかったのではないか。」という反論が予想されるため、自らいやな思いをしてまで回収しようとは思わない、ということが考えられる。または、「武士は、喰わねど高楊枝」、あまり金銭のことでうるさく言うことを、心良しとしないと考えている。顧客が頭を下げてお礼を言われ、当然のように請求した分について、キレイに両耳をそろえて支払ってくれるまで、回収に走り回ることはしない。こんな考えもあるであろう。

B遺産分割については、被相続人の遺言があり、かつ、事前に遺産分割協議の案文を提示し、相続人の間で検討した結果を受けて、結局本人の申し出により、遺言に基づいた申告をA税理士はなしたと理解される。それなのに、申告後、何故遺産分割協議を改めてすることとなったのか。この点についてA税理士は、十分事前に当事者の意向を汲んでいたのか、分割について、検討するに十分な判断材料と時間を提供したのか、このような問題が気になってしまう。しかし、事実認定からみる限り、納税シミュレーションなどいくつかの資料を提供していることから、ある程度のことはやっていたと推定できる。ただし、時間的に十分であったかどうかについては不明である。

(4)A税理士の今後の検討

報酬について概略の説明と金額の提示が必要でなかったか。

相続人全員の意向を十分汲んで申告をなしたか。

相続人の一人である依頼人だけの意向で仕事を進めたのではないか。

税理士は相続の場合、相続人全員の意向を確認する必要があるのか、相続人の一人である依頼人だけの意向で申告をすすめてよいのか。相続人全員から申告書に判子をもらっているのに、何故後からトラブルが出ているのか。税理士が、十分に全員の意思確認をしてないことに原因があるのか、またそこまで税理士がなさねばならないのか。

申告書作成を完了し請求を出しているのに、支払いがない相手に対し、何故回収をきちんとしようとしないのか。

各種の資料を作成し弁護士まで紹介しているのに、依頼主からは報酬が高すぎると不満が述べられたことは、報酬の根拠が明確でないということか。何故相続財産額が多いと報酬は上がるのか、作成書類枚数と相続財産額は関連しているとは限らない。資産の中に報酬を支払うだけの預貯金類があれば、問題が少ないが、支払うだけの現預金が無いと不満が出てくる。対策としては、報酬額を提示して着手金を受領してから、業務に着手するのがよいと考えられる。

 

3.Y税理士についての検討

(1)問題点の抽出

 まず、事実認定を読んで、問題となりうる事項を引き出してみたい。

@税理士は配偶者が意外な営業マンとなっている。

A企業では新規取引先が、担当者の友人であっても相手先の支払い能力、信用力、風評など調査し、書面で決済を得た上で慎重に取引を開始する。税理士は依頼があればできるだけ協力しようとする。いわゆるダボハゼ的に依頼に対応してしまう。

B依頼者は、他の税理士が作成した書類を安易に見せ、コピーを渡している。

CY税理士は、先に関与している税理士がいる限り、税理士として関与できないと表明している。他の税理士が関与している場合、二重に税理士が関与することは問題ないのか、世間でいう一社に顧問税理士複数名という、「二階建て三階建て」などはどうなのか。

D税理士の資格を持っているものが、税理士として仕事は受けられないが手伝うということは、どういう立場と理解すべきなのか。

E相続人各自の税負担額計算をすることは、税理士業務でないのか。さらに、他の税理士が作成した書類をもとに、相続人各自の税額負担額計算をすることは、問題ないのか。

(2)解決策

 当該事件では、Y税理士が、税理士として仕事はできないと対外的に表明していながら、結局「やらなければ仕方がない」、として申告書を作成することになる。当初から依頼者Xは、Y税理士に「遺産分割協議を早急に成立させるよう説得」する、という税理士業務以外の業務を頼むといいながら、暗黙の内に、相手が税理士であることから、税理士業務の依頼を期待していたと推察される。これは、初回にY税理士に対し、相続税申告書類関係を見せていることからも、推察されうる。一方Y税理士は、「A税理士がいる限り税理士として仕事を受けることはできない」、と言いながら、Xから税理士業務をすることについて期待されていることを、内心は感じ、やはりやらねばならなくなったと理解して、先方の暗黙の依頼を、最終的には受け入れたものと考えられる。こうなることは当初から推測がつかないでもなかった。

 Y税理士は遺産分割協議が成立した時点で、「遺産分割協議が速やかに成立させられるようにする補助的役割」、としての依頼業務は完了したはずである。ところが、XがA税理士に請求された報酬を支払いをしていないため、いまさら修正申告を依頼できない、との事情を知っているがため、親切心から手を出したことで問題が発生してしまった。親切があだになってしまった。専門家が、親切心から簡単に本業の税理士業務に手を出してはいけない。一度手を出したら、常に専門家は万全の体制で業務をこなす義務と責任が課せられている。この場合、Y税理士はXに対して、A税理士に修正申告を依頼することが本来であるからとアドバイスし、あくまでA税理士が関与しているとの原則を主張して、自らは税理士として仕事はしないとする基本方針を貫くことが、本件の場合一番賢明な策であったと理解できる。

(3)本業以外の委任

 遺産分割協議成立の補助的役割は、Y税理士の業とするものではないため、無報酬でもY税理士は承諾するであろう。この場合は、報酬があろうが無かろうが受けたからには一生懸命こなし、結局依頼事項が円満完了した場合、依頼主から「現金を差し上げたのでは失礼に当たるから」、として最上のお礼の品を持参して丁寧に挨拶にあがることとなろう。さらに、今後依頼主が、Y税理士にプラスになるようなことがあれば、お礼返しとして、積極的に協力することを惜しまないと考えるようになる。

 たとえうまくいかなかったとしても、Y税理士に不手際がない限り、お礼の品のランクが落ちたところで挨拶がなされる。この際、Y税理士は依頼主から何らの挨拶がなかったとしても、依頼主に催促するようなことはない。ただ、常識のない人であるとして、今後のつきあいは遠慮させてもらうこととなる。

Y税理士に不手際があった場合で、Y税理士に重要な落ち度がない限り、あんな人に頼んだことが失敗だったと理解し、一応簡単なお礼はしておくが二度とお願いすることはしない。Y税理士に重要な落ち度があった場合は損害を賠償せよとクレームが付く。いずれにせよ、Y税理士からは報酬の請求を求めるようなことはない。これは業務以外の依頼であるからと理解できる。

(4)本業の委任

 本業である税理士業務の依頼であった場合、通常無報酬ということはない。ただ、友人親戚などごく親しい人や、よほど相手の事情が苦しい状況で可哀想という状況なら、ある程度サービス価格で対応することはある。これらの最終判断は依頼者側にあるのではなく、依頼を受ける税理士の判断による。依頼する側も明確に依頼した場合は、無報酬で専門家に頼めるとは考えていない。明確に依頼した場合ではなく、暗黙の内に相手方の好意で業務を処理してもらえればよいと考えた場合は、報酬請求はされたとしても通常より有利な価格で、あわよくばサービスとして請求されないと期待する。この場合、自らが明確に税理士に業務を依頼した場合は完全な業務遂行を期待するが、暗黙の期待の内に税理士の好意に依存して処理しようとする場合は、ある程度不完全でも仕方がないと理解する。その分報酬は安く、または無料であるのだから完全な業務を要求する立場にないことを理解している。とはいうものの、下手に手をつけたためかえって不利になるようなことがあったら、税理士の責任を追及する。「こちらから頼んでしてもらったわけではない」と言いながら、専門家なんだからいくらサービスだとはいえ、かえって不利になるようなことまでするとは何事だ、とクレームが付けられる。しかし、基本的なことさえ処理してくれたとしたら、あとは好意で、自分ではできないことをしてくれたことで我慢する。相手は専門家でそれを職業として行っているのであるから、通常なら高い金額の請求を受けても仕方がないと理解する。税理士の方も好意で為したのだから、感謝されることがあってもよほど不手際がない限りクレームが付かないと理解している。税理士はいくら好意であっても通常の業務作業をする。通常の処理と基本部分で違えるようなことはしない。ただ、依頼主に対する積極的なプレゼンテーションや通常業務に付加価値を加えたシミュレーション等は省略する。税理士業務としての税額計算、申告書作成を手を抜いていい加減な書類を作るわけではない。そんなことをしたらまさに信用問題である。基本業務は通常どおり処理される。関連した業務の内最低限度内で必要な程度までで打ち切ることとなる。

(5)その他の問題

 Y税理士は委任状を取っている。これは、サービスとはいえ基本業務を行うのであるから、通常最低限のパターンとして、いつものように委任状に署名押印を求めたと考えられる。委任状を取ると言うことは、好意で行った修正申告とはいえ、最低限の税理士としての業務をこなすことを意味している。

 通常税理士は、依頼主から十分な信頼を受けている場合、依頼主のためにいろいろな検討をする。それは、たとえ無報酬であっても基本的には変わりない。しかし、依頼主があまりにも自己中心的でわがまま、金銭的にも汚い等の場合、明確な委任を受けていた場合なら業務と割り切って対応するものの、結局、依頼主にたいする不信感が生まれ、途中で信頼破綻が発生しやすい。当該事件は、Xの娘が自分の妻の友人であること、いったん被相続人の遺言どおり申告したものを、改めて分割協議するようにしたこと、先のA税理士の紹介で弁護士に分割協議を依頼したこと、その分割協議がなかなか進まないと言ってY税理士に口添えを頼んできたこと、通常であれば相続申告業務で数百万円の報酬請求ができるものであること、A税理士に依頼した申告業務が完了しているにも係わらず、報酬を高いとして請求されても払わずにいること、このような一連の流れの中にあって、報酬請求もせずにしかたなく申告書まで作成してやることとなった事情を考えれば、Y税理士が延納申請までさせるのかと言いたくなる気持ちは、同業者として理解できる。事実、原審は相続税の納付についての助言、指導をすることは好ましいが、税理士の法的義務とまでいえない、としてXらの請求を棄却している。報酬を受け、委任されていることが当事者間で明確になっている場合ならともかく、税理士の好意によって本来相当程度に高額な申告業務を無報酬で提供を受けた場合まで、税理士に付随業務としての責任を負わせることは、いささか厳しいものと感じられる。もっとも本件判決では、賠償額について過失相殺により、結果として税理士報酬相当額程度の減額がなされている。

 

4.税理士責任の問題点と若干の検討

 本判決を材料として税理士訴訟事件における税理士の検討をしてきたが、以上の検討から抽出された問題点をふまえて、さらに税理士の専門家責任の一般的問題点を追加し、若干の検討を加えてみたい。

(1)依頼者に対する責任

 税理士が責任を負うのは何時の時点からなのか。本判決においては、税理士業務についての付随的義務についてであるから委任契約書に受印したときと考えるべきであろう。

 税理士の本来業務と付随業務では責任の程度は違うのであろうか。これは違わないと考えるべきであろう。

 報酬を得て行う場合と無報酬の場合では責任の程度が違うのであろうか。中川高男教授は「報酬が皆無または低廉な場合には、報酬の対価性に対応して、受任者の物(量)的責任は信義則上相当な範囲に制限されよう」(幾代他編「新版注釈民法(16)」223頁)と述べられているように、私も程度の差はなければおかしいと考える。しかし、無償だからといって最低限の業務水準を下回ることではない。

 税理士は補助者の行った行為についてどこまで責任を負うのであろうか。補助者が行った業務上の行為は、すべて税理士に責任がかかると考えられる。この問題については平成7年4月28日京都地裁判決と平成5年12月15日東京地裁判決(判例時報1511号89頁)の検討も必要と考える。

税理士が依頼者との間の契約で免責特約を定めたら何処まで認められるのか。これについては先の京都地裁判決にみるように免責を認めないとする考えが強いと理解できるが、当事者間の私的自治の上で為された合意契約であり、消費者保護といっても税理士は有限責任の法人であり得ないことを考慮して全く無限責任を負わせることには問題があると考える。

 税理士の損害賠償義務を履行するために、保険などによる履行確保をなす義務があるのか。現段階では履行確保のため法律上義務というためには立法としての措置が必要である。しかし、依頼主に安心してもらうためにも税理士会を通じてある程度の資金を供託させる方法や最低限の保険加入を義務付ける方法など今後必要と考える。

 税理士が業務を受任した場合の最低水準はどこにあり、どのようにして決めるべきか。これが税理士の専門家責任としての主要な問題である。これについては訴訟になってから裁判所で検討するのではなく、事前に税理士会が各業務の最低水準基準を定め、会員を教育してゆくなかから問題発生を事前予防することの方が必要と考える。なお、公認会計士の事件ではあるが日本コッパース事件(東京高裁判決平成7年9月28日、JICPAジャーナル487号34頁)について今後検討が必要と考える。

 税理士が本業である税理士業務を受任した場合と本業以外の業務を受任した場合では責任の程度が違うのであろうか。本件判決は、税理士であるYに税理士業務以外の「遺産分割協議が速やかに成立させられるようにする補助的役割」をXが依頼したが、あくまでYが税理士という専門的職業人であることに着目していたと理解できる。そうであれば、単なる私人間の責任よりも高い責任を追及されよう。しかし、あくまで本業以外の業務と本業である税理士業務の委任による場合では責任の程度は異なると考える。とくに、委任者が税理士業務以外の委任であることを認識しているなら程度の差があって当然と考える。だが、現実的にどの程度違うのかというと難しい問題ではある。

 税理士は依頼された事項のみの業務を処理すればよいのか、それとも関連する一切の租税に関する業務に対しても依頼されなくとも処理すべきなのか。本件判決が判示するように専門家責任が問われる問題である。

 税理士が依頼者から指図された事項をどの程度遵守すればよいのか、例えば違法な指図には従う義務があるのか。違法な指図には従う義務がないと考える。逆に、是正指導する義務について検討せねばならない。

 税理士は依頼者に対し通達の範囲内で処理をすればよいのか、それとも判例までも検討して通達と違う判断をも検討すべきなのか。当然通達の範囲内で処理をしていたとしても税理士の職務責任を回避することにはならないであろう。

 税理士は依頼者の提供された資料だけで処理をすればよいのか、それとも更に突っ込んで事実関係を究明する義務があるのか。これについては先の京都地裁判決を検討する必要がある。

 税理士は依頼された事項に関連する業務に関連する状況と見通しについての説明義務があるのか。また、税理士は依頼された事項に関する業務に関連した経済的なリスクを教示し、もっとも安全で危険の少ない取るべき手段を助言しなければならないのか。これは、インフォームド・コンセントの問題である。医療過誤の問題から提起されて専門家責任のテーマにあがってきた問題である。現段階では説明義務なり助言義務があると認識されている。

 税理士は依頼された業務の書類綴りを作成し、更に報告書も作成し保管する義務があるのか。これについては、現在税理士法41条に「帳簿作成の義務」が、そして義務違反に対しては懲戒処分(46条)が課されている。しかし、国税庁長官は当該帳簿を検査することができる(55条)とされている。

(2)第三者に対する責任

 税理士が作成した書類について依頼者以外の者に対しても責任を負う義務があるのか。そして、税理士が誤った情報を依頼者に提供したことにより第三者が損害を受けた場合、何処まで責任を負わされるのか。この問題は専門家の情報提供者責任の問題である。この問題については昭和63年2月26日の仙台高裁判決(判例時報1269号86頁)が検討されねばならない。

(3)税理士会との関係

 税理士が法的な損害賠償を免れたとしても、税理士会による制裁を受ける場合があるのか。これは税理士法にいう懲戒手続(税理士法44条以下)と税理士会の綱紀監察や倫理規定に関する問題である。

 税理士はすでに他の税理士と契約している依頼主に対して重複して契約することは許されないのか。税理士の倫理問題と理解できよう。

(4)報酬請求権

 税理士業務は当事者間に約束が無くとも、慣習や業務の性質上当然に有償と認識できるのであろうか。本業と本業以外の業務では報酬請求権に差があると考えてよいのであろうか。依頼主から依頼されない事項について処理を行った業務について報酬請求権はあるだろうか。これら、報酬請求権については明石三郎教授の説明が参考となろう。

 委任契約における有償・無償の序列は、「@恩に着るとかの言語による謝意の表明。A謝意表彰物の事実上の贈与をするが訴求はできない。B明示または黙示の約束があれば訴求することができる。C約束はなくとも慣習や当事者の職業の性質上当然に有償とされる。D委任一般が当然に報酬請求権を持つ」という具合に区分され、「わが日本の民法はBの段階であり、医師や弁護士でも法的にはこの段階であるが、習俗的にはAないしBの段階」と推測され、「今後すべての委任はDの段階に進み、これに関する争訟も増すであろう」が、「人の心の底に他人への好意性と名誉心ないし騎士道的精神が残るかぎり、@Aの段階の無償委任もいくらかは残存し続けるに違いない」と説明されている(幾代他編「新版注釈民法(16)」248頁)。このことから、報酬請求権については検討すべき問題が多いと考えられる。

 

W.おわりに

 本件判決は、税理士の付随業務について明確にしたという意味で評価されている。しかし、このような税理士業務についての責任が明確になるに従い、我々税理士が今までさほど意識していなかった税理士のあるべき姿という原点について、税理士自らが積極的に考え、どうあるべきかを議論することが求められていると考える。そこで、これから税理士関連判例を詳細に個々検討しながら、各事例において税理士はどうあるべきであったかの検討を続けてゆきたいと考えている。そこには、法律上の責任追及は免れたとしても、税理士としての道義上の責任があるのではないか。職業倫理としての問題がクローズアップされるものではないかと考える。この職業倫理を高めることが結局、税理士の損害賠償問題を回避する有効な手段であり、税理士会としても積極的に議論がなされねばならないテーマと認識している。なお、十分な検討がなされずに報告しなければならなかった点、ご寛容願いたい。


注記

 

(1)本件判決の他、京都地裁平成7年4月28日判決(現在控訴中)、東京地裁平成7年11月27日判決・平成5年ワ第2494号がある。

 


「守之会論文集第5号ー判例研究を中心としてー」日本税務研究センター刊 197頁(平成8年12月)掲載


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Last Updated: 7/12/97