「オレにとっての宝町」
高野 裕 

  そうさなぁ、オレにとっての宝町、そりゃ殿町さ、殿町しかないぜ、ハハハ。
オレが中学生の頃、毎日学校の帰りは殿町を通っていた。昼間の殿町は何となくけだるさだけが残っている。そんな中にオレは大人のニオイを感じていた。ある時、人通りのない殿町を歩いていたら、なにかフワッとした布のようなものが歩道に落ちていた。何だろうと思って歩きながら見ていた。通り過ぎた瞬間ドキッとした。いや、まさか、そんなはずはない。普通、歩道に落ちているわけがない。中学生のオレにとっては縁のない大人の女性用の柔らかそうなピンク色の艶のある小さな布きれだった。それは何とも言えない魅惑的なエネルギーを発していた。
そのとき、オレの心の中ではすさまじい葛藤が起きた。オレは、その柔らかな、なまめかしいモノが発する魅惑エネルギーに吸い寄せられるベクトルと、そんな「怪しげ」なモノなど相手にしてはいけないと振り切って家に帰るベクトルのバランスが保たれるちょうどその場所、魅惑から2メートル過ぎた場所で立ち止まっていた。
回りを見渡したが誰も見あたらない。どうしようかと思った。しかし、足は動かなかった。こんなものが歩道にフワリと、それも目に付くように落ちていること自体がおかしい。どこかで誰かが物陰から見ているのではないか。だが待てよ、落ちていましたと言って交番に届けるのなら、ここでそれを拾うことは許されるのではないか、いやいや、絶対誰かが見ている。
想像を絶するバトルがオレの心の中で繰り広げられた。結局、邪心を振り切って、後ろ髪を引かれる思いで自宅に向かって歩き始めた。
あれ以来、オレにとって殿町は今でも葛藤の道場となっているぜ、グヮハハハ。

2005年11月リリック・シアターゴーイング参加パンフレット掲載原稿

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