サックス事始め

高野 裕

初出 「TAINSだより」2003年12月号7頁、日税連情報サービス 発行

「サックス事始め」 税理士 高野 裕

絶対的な練習不足

 ついにサックスを購入することにした。
 私の一生の間で今までにサックスに触れた総時間はなんと、たったの75分である。まだ2回しか教わっていないが、目標のクリスマスソングを家族で演奏する約束のために、絶対的な練習時間が足りない。なんせ、先生に教わることのできるチャンスはあと1回、あと1回でクリスマスソングを演奏できなければだめなのだ。やはりこれでは絶対的に時間がなさ過ぎる。先生のサックスを借りて練習しているようでは無理だ。自分で購入して練習しなければならない。
 先週、ようやく2回目のレッスンを受けた。何とか音は一応出せたのでレッスンテキストを開いてやってみることになった。このテキストの表紙には「小中学生のための」と銘打ってある。先生の指示した頁を開いてみたら「聖夜」と書いてあった。これを吹いてみましょう、という。

音がこぼれてゆく

 ここをこう押さえて、つぎはこの指でここを押さえて、と、まさに手取り足取りの指導だ。必死に楽譜を見、指を見ながら音を拾ってゆく。というより、拾った後かポロポロとこぼれてゆくという感じだ。「はい、では最初からやってみてください」と言われて譜面の最初に目を戻す。指の位置を確認。呼吸を整える。大きく息をおなかに吸ってリードに唇を当て、安定的に音が出るようにゆっくりと吹き始める。昔からよく聞いている「聖夜」のメロディがイメージとして自分の頭の中を流れる。耳から聞こえる音と検証する。イメージと音が一致していることを確認しながら指を進める。目は必死に楽譜を見つめている。頭の中では「エーと、これはドレミのミだな」と一音ずつ追いかけ、指を確認して進んでゆく。だんだん唇が痛くなってくる。音が揺れ始めてくる。息を大きく吸い直しながら必死に吹く。先生は言う、「もっと唇を締めて」と。ハイ、と頭の中で答えながら、息が漏れないように唇をしめる。やはり息が漏れる。なんとか指示されたところまで吹き終わる。どっと疲れが出る。こりゃダメだ、もっと練習しなければと実感する。

事の始め

 ある時、妻が突然言い始めた。
 「ね、ね、パパね、昨日パパのいない時ヒロ君と話していたらね。今年のクリスマスにみんなが何かを演奏しようということになったのね。それで、ヒロ君はジャズピアノで演奏するし、ママは三味線で演奏するから、パパは何を演奏する」
急にそんな質問が飛んできた。そこで私は
 「ンーー、カスタネットだな!」
 「ダメ、そういうのでなくてーーぇ」
 「じゃ、腹鼓!!」
 「ダメだよ、パパもなにか楽器を演奏してよ」
 「えーー、こまったな、昔やっていたギターかな」
 「じゃ、ギターを用意しなければね」
 「まてよ、ヒロ君がジャズピアノに興味があるから、なにか違うものが・・・」
 「そうね、じゃ、パパ何にする」
 「おい、サックスなんてのどうだ」
 「え、いいわね、何か格好いいわよ、パパには似合いそうね」
気がついたら、妻のコーチングをしっかりと受け、クリスマスソングが吹けるようにとサックス教室に申し込みをしている自分がいた。

重大な事実

 ところで、重大な事実を報告しておきたい。サックス購入後の練習は充実しているかという点について、我が家はマンション暮らしで、結局サックスの音が結構大きく近所迷惑だからと練習抑止方針が打ち出されている。

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