「20年後」
○作 高野 裕 (平成15年4月30日)
○登場人物
夫
妻(幸子)
スキー客夫
スキー客妻
○場所
スキーゲレンデ近くのレストランにて
○状況
ゲレンデを一滑りした後、昼食で訪れたゲレンデが見えるレストラン、ここはスキー靴のままで入れる、回りはスキー客だけ、家族連れが多い
A「夫婦役割分担」
夫 「だいぶ並んでいるな。」
幸子 「私みそラーメンね、じゃ、先に行って場所をとっておくから。」
夫 「ああ。」
夫 「みそラーメン二つ。」
(やっと順番が来て厨房に向かって注文する)
幸子 (場所を確保して、しばらくして戻ってくる)
幸子 「コーヒー飲む?」
夫 「ああ。」
幸子 (コーヒーだけ別に注文してレジで待っている)
夫
(支払を妻に任せ、みそラーメンをこぼさないようにゆっくり席に運ぶ、スキー靴を履いているため足下が不安定な歩き方をする)
幸子 (支払いを済ませ席に着く)
B「スキー靴が合わない」
夫 (スキー靴をやっとの思いで脱ぐ)
幸子 (テーブルの上に場所確保用に投げ出したゴーグル、スキーウェアーなど片づける)
夫 「はぁ・・・きついんだよな。」
幸子 「どうなの、しびれるの。」
夫 「さっき、ヒロと滑って降りてくるとき足がきつくて、もう限界だ。」
幸子 (ラーメンとコーヒーを別々のお盆に入れ替えて食べやすいように位置を整える)
夫 「ふぅ・・・靴を脱いでもまだしびれているよ。」
幸子 「靴が小さいんじゃないの」
夫 「何年も同じの使っているのに、子供じゃあるまいし、今さら足が大きくなるかヨ」
幸子
「だから出かける前にちゃんと自分の用具はチェックしててって幸子さんいったでしょ・・・パパもヒロ君と一緒に靴買ってくれば良かったのに」
夫 「・・・」
(ラーメンを食べ始める)
C「古いスキー」
幸子
「さっきネ、幸子さんがあそこで待っていたでしょ。その時ネ、スキーをまじまじ見たら1990年って書いてあったヨ。」
夫 「13年前かぁ」
幸子 「私たちのスキーは買い換えしてなかったよネ」
夫 「子供のばっかり」
幸子 「だからパパもカービングスキーにすればって言ったでしょ」
夫 「・・・」
幸子 「ちょっとテッシュ取って頂戴」
夫 (黙ってティッシュをとって渡す)
D「息子の一言」
幸子 「お姉ちゃん、まだレッスン中かしら」
夫 「ヒロがさっきリフトに乗っているとき言ってた・・・」
幸子 「なんて?」
夫 「昨日ナイターでユウキに教わったら、『お父さんのスキーは完全に否定された』だってさ」
幸子 「あらそぉ」
夫 「カービングの滑り方は全然違うんだって」
幸子 「そぉ」
夫 「お父さんの理論はカービングでは通用しないんだって」
幸子 「お姉ちゃん、もっとヒロ君に教えてあげればいいのにね」
夫 「カービングターンはスピードが出せるんだって」
幸子 「お姉ちゃん、まだレッスン中なのかしら」
(携帯メールをチェックする)
夫 「・・・」
(ラーメンを食べ続ける)
幸子 「お水いる?」
夫 「ああ」
幸子 (水を取りに行ってくる)
幸子 「はい」
夫 「ああ」
幸子 「あら、お姉ちゃんレッスン終わったんだって、一緒に食べられればいいのにね」
(携帯メールをチェックしながら話す)
夫 「コーチのユニホーム着ているときは一般と一緒にいられないって言ってたじゃないか」
幸子 「そぉ、だけど少しぐらい時間あればいいのにね」
E「ラーメンこぼし事件」
(夫の背後、レストランのお客で、お盆にラーメンを載せて家族の席に向かって歩いていた男性がスキー靴を滑らせてしまい、ラーメンを床にひっくり返してしまう。それを見たその妻らしき女性があわてて席を立ち上がりながら叫ぶ)
スキー客(妻)
「あなた、何やってんのよ!」
夫 「『何やってんのよ』は無いよな、いつも子供に言ってるんだよな」
幸子 「『大丈夫だった?』とかねぇ」
夫
「『お前がラーメンが良いっていったからーーずーーっと並んで、早くっていったからーー急いで、そのおかげで転んだのに、何やってんだよはねえだろ』って言いたくなるよな」
幸子 「あらーー、スキーズボンが汁まみれになっちゃった、大変ね」
夫 「『あなたがちゃんと持ってこないからよ』なんて言われて・・・切れるよなー」
幸子 「この床、滑るのよね」
夫 「嫁さん、子供一辺倒だからな・・・あれじゃ旦那は単なる召使いかよ」
幸子 「あの奥さん、店員さん呼んで来ればいいのにね」
夫 「ラーメンまた買いに行くのかな」
幸子 「店員さんがモップ持ってきた、かえって滑りそう」
夫 「ああ」
夫 (しばらく様子を見て何もなかったかのようにコーヒーをすする)
F「子育て終了宣言」
夫 「子供連れが多いな」
幸子 「そうね」
夫 「子供にスキー教えている内は楽しいよな」
幸子 「可愛い子ね、さっきの人の子ね」
夫 「最初にスキー教えたの、ユウキが小学一年の時からだよな」
幸子 「そうね」
夫 「スキー三回目には市営スキー場の一番上から平気で滑っていたのにはビックリしたよな」
幸子 「怖いもの知らずですものね」
夫 「今じゃ、こっちが付いていくのやっとだよ」
幸子 「ウフフ」
夫 「なんだよ」
幸子 「足手まとい、一・五人」
夫 「なんだよ、その一・五人って」
幸子 「幸子さんが一で・・・」
夫 「〇・五は誰だよ」
幸子 「幸子さんは一回滑ったら一回休みにしたんだもん」
夫 「おれはヒロと二回滑って一回休んでるもんな、体力無くなったな、足手まとい一・五人か」
幸子 「ヒロ君はホント、上手になったわね、幸子さんだけ、一向に上手にならないのは」
夫 「ユウキは今じゃスキーのコーチしてるんだからな」
幸子 「ユウキちゃん、もう午後のレッスンに行ったかしら」
(携帯のメールをチェックする)
夫 「子育ては終わったな・・・」
G「ゴーグルの話題」
幸子 「あんなに降っているわ、ヒロ君大丈夫かしら、すごい降りね」
(外を見ながら話す)
幸子 「携帯持っていかないんだもの・・・」
夫 「滑っていると雪で前が見えないからな」
幸子 「パパのゴーグル見えやすいわね」
夫 「二重になっているからさ」
幸子 「え、二重になってるの」
夫 「スポーツ屋のおやじが一番良いのを勧めてくれたからさ」
幸子 「ホントだ、レンズが二枚あるわ」
夫 (コンタクトが目にあわないようで、しきりと左目をこする、コンタクトレンズがはずれる)
(はずれたコンタクトを見ながら)
夫 「片方、コンタクトが取れたな・・・」
幸子 「大丈夫?」
夫 「こっちも取ろうか」
幸子 「めがね持ってきているの?」
夫 「ああ」
幸子 「ウフフ、パパ、めがね掛けたら、せっかくの格好いいサングラスかけられ無くなっちゃうじゃない」
夫 「そこさー」
幸子 (笑い)
H「もう滑らない」
幸子 「どうするの」
夫 「もう帰るだけだからいいかな」
幸子 「あら、もう滑らないの」
夫 「もういいや」
幸子 「あれ、ヒロ君ともう一回滑るんじゃなかったの」
夫 「いいや、おれのスキーは完全に否定されたってんだからな」
幸子 「ヒロ君、もうすぐ戻ってくるわよ」
夫 「やっぱ疲れるよ」
幸子 「もう一回一緒に滑ってあげなさいよ」
夫 「お前は」
幸子 「幸子さんはいいわ、ここで待っているから」
夫 「じゃ、おれもいいよ」
幸子 「もう一回滑ってあげなさいよ」
夫 「いや、もういいよ」
幸子 「ダメねー」
I「カナダスキー」
夫 「今度さー、二人だけで落ち着いたとこへスキーに行こうよ」
幸子 「そうねー、いいわねー」
夫 「カナダとかさー」
幸子 「幸子さん滑れるかしら」
夫
「大丈夫だよ、スイスの方がおしゃれなゲレンデが見渡せるレストランなんかあるかもしれないよ、ほら良く写真に乗ってるジャン、ベランダでマッターホーンを眺めながらコーヒーをすすっているヤツ」
幸子 「なに、スキーをしに行くんじゃないの、コーヒーを飲みに行くの?」
J「バトームッシュ」
夫
「やっぱ、雰囲気のいいとこがいいなー、帰りにパリによってさー、ほら、あそこに行って来よう、新婚旅行で行ったバトームッシュ、もう20年経つな、そうだなー、はやいなー、アッというまだな」
幸子 「・・・」
夫 「子育ては終わったし、これからが一番良いときなんだなー」
幸子 「そうね、そうかもね」
K「カービング」
幸子 「ほら、年齢の行った人が二人で自分たちのペースで滑っているのって素敵じゃない」
(急に夫に向かって明るく話し掛ける)
夫 「そうだな、・・・カービング買うか」
幸子 「今度そうしなさいよ」
夫 「カービングターン、マスターしなきゃな」
幸子 「ウフフ、お姉ちゃんが言ってたでしょ、『おやじ』は覚えが悪いって」
夫 「自分勝手なことばかりするからな」
幸子 「子供の方が全然覚えが早いって」
夫 「おれも、ダメかな」
幸子 「そんなこと無いんじゃない、やってみれば」
夫 「そうだな・・・」
L「何やってんのよー」
夫
(空のドンブリなどお盆に入れて、スキー靴をはき、持っていこうと立ち上がる。二三歩進んで足を滑らせてお盆からドンブリを落とす)
幸子 「あなた、何やってんのヨ!!」
(暗転)
2002年リリック第1回戯曲ワークショップ提出作品 高野裕
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