11月8日必着 リリック戯曲ワークショップ
課題 岸田國士作「紙風船」を現代風に書き直す

紙風船 一幕

頁 役 ト書き セリフ
131 晴れた日曜の午後──庭に面したテラスにて。
夫 (テラスの籐椅子にゆったりと腰掛け、新聞を読んでいる)
夫 「アメリカ都市建築家協会会長のフランコ氏が一日、長岡ニュータウンを訪れて、これからのあるべき街づくりのモデルだ!と申しましたように、長岡ニュータウンは現代の最先端を行く住みやすい理想の住宅地になりました」
妻 (窓際の長椅子に腰掛けて、レース編みをしている)
妻 なに、それは。
夫 (読み続ける)
夫 「四万坪の地区には、落ち着いた街路樹とゆったりした歩道、自動ゴミ集配装置、テニスコート等の設備があり、個性豊かなログハウスや青々とした芝庭、点在する公園、落ち着いた別荘風の日本建築などが、西山の眺めや樹木に富む高台一帯の晴れやかな環境に包まれて・・・・・・」(新聞を投げ出し)おい、ドライブでもして見るか。
妻 いいから、川上さんとこへ行ってらっしゃいよ。
夫 どうでも行かなくってもいいんだよ。
妻 あたしは、思い立ったときすぐでなけりゃいやなの。
夫 ドライブか?
妻 ドライブでもなんでも・・・・・・
132 間。
夫 ドライブでもなんでもったって、ほかに何かすることがあるか?
妻 ないから、それでいいじゃないの。
夫 あ。
妻 川上さんとこへいらっしったらどう、そんなこといってないで。
夫 もう行きたくないよ。
妻 行ってらっしゃいよ、ね。
夫 行かないよ、お前のそばにいたいんだよ。わからない奴だな。
妻 わかってますよ、有り難うございます。
間。
夫 あああ、これがたまの日曜か。
妻 ほんとよ。
夫 (また新聞を拾い上げ、読むともなしに)
夫 こういう場合の対処方法なんていうことを、新聞で懸賞募集でもしてみたら、面白いだろうな。
妻 あたし出すの。
夫 (新聞に見入りながら、興味がなさそうに)
夫 なんて出す?
妻 問題はなんていうの?
133 夫 問題か・・・・・・問題はね、結婚後一年の日曜日をいかに過ごすか・・・・・・。
妻 それじゃ、わからないわ。
夫 わからないことはないさ。じゃ、お前いってみろ。
妻 日曜日に妻が退屈しない方法。
夫 そして、夫も迷惑しない方法・・・・・・。
妻 いいわ。
夫 名案があるのか。
妻 あるの。まず女は、朝起きたら、早速お風呂に入って、ちゃんとお化粧をすまして、着物を着かえて、ちょっとお友達のところへ行ってきますっていうの。
夫 すると・・・・・・。
妻 すると、男は、きっといやな顔をするにきまっているでしょう。
夫 きまってやしないさ。
妻 あなたのことよ。
夫 おれがいついやな顔をした?
妻 しないの?
夫 まあいい、それからどうする?
妻 いやな顔をするでしょ。そうしたら、こういうの−−実は、あんまり行きたくもないんだけれど、うちでぶらぶらしてたっていうことが、後でわかると具合が悪いから・・・・・・それが、会うたんびに、一度遊びに来い、日曜なら主人もいるし、一緒に芝居でもって、そういわれるんでしょ。今日は、どうせあなたもうちにいて下さるんだし、ちょっと行って来ようと思うの。それとも、何かご都合でもあればって、優しく聞いてみるの。それとなくよ。
134 夫 それとなくね。いや、別に、おれの方はかまわないが、お前がいなくなって、昼飯はどうする?
妻 お昼は、レトルトパック、ご飯は炊いてあるから帝国ホテルのカリーを用意をしておきました。
夫 晩は?
妻 晩は、出がけに「あづまや」へ寄って、親子でもそういっておきます。
夫 また親子か。帰りは遅くなるだろう。
妻 そうね、まあ、はっきりわからないけれど、十時になったら、ベットに入って寝てて頂戴。
夫 金は持ってるかい?
妻 それがもう、すっかりなの。
夫 じゃ、これを渡しとこう。さ、五千円。
妻 ありがとう。
夫 夜風はもう寒いよ、襟巻きを持ってけ。
妻 ええ。
135 夫 さて、おれは、これからゆっくり本でも読もう。湯だけ沸くようにしといてくれ。客が来たら、ケーキの残りがまだあると・・・・・・髭も今日は剃るまい。あああ、のんびりと落ち着いた日曜だ。
妻 (黙って下を向いている)
夫 どうしたい?
妻 あなたは、もう駄目。
夫 どうして?
妻 どうしてでも。
夫 (新聞を投げ出し)
夫 そうか、それじゃ、お前がもし男だったら、そういう時、どうする?
妻 そういう時って・・・・・・?
夫 止めるかい。
妻 止めるわ、なんとか言って。
夫 なんて言って止める。
妻 どうでも行かなくってもいいなら、今日はおれとドライブしないか、とかなんとか・・・・・・。
夫 なるほど、つきあおうって言われたらどうする。
妻 行けばいいわ。
夫 行けばいいさ。しかし、行きたくなかったらどうする?行きたくっても、事情が許さなかったらどうする。今日みたいに。
136 妻 じゃ、ドライブが映画になったっていいじゃないの。
夫 映画・・・・・・ありゃ、お前、夫婦で見に行くもんじゃないよ。
妻 なぜ。
夫 誰にでも聞いてみろ。
妻 それがいけないの、あなたは。あたしは他の女と違いますよ。
夫 違うだろう。違うから、なおあぶない。
妻 何を言ってるの?
夫 やっぱり出るというものは、止めない方がいいようだな。
妻 そうね、だから行ってらっしゃい、川上さんとこへでも、なんでも。
夫 しつッこいな。今朝お前はなんて言った。おれが、川上の所へ行って来るっていったら、川上さん川上さんて、毎日社で顔を合わせている人を、何だってそう恋しがるんでしょうね、日曜ぐらい一日うちにいらっしたって損はないでしょう。何のためにあたしがこうして居るんです。そう言ったね。
妻 それがどうしたの?
夫 どうもしないさ。問題は、お前が、何のためにこうしているかって言うことだ。
妻 (ややむきになり)
妻 あら、こうしていてはいけないの?
夫 こうしているにも、こうしていようがあるじゃないか。おれが新聞を読む。お前はレース編みをし始める。おれが溜息を吐く。お前も溜息を吐く。おれがあくびをする。お前もあくびをする。おれが・・・・・・。
137 妻 だから、どっかへ行きましょうって言えば、あなたが、なんとか、かんとか言って・・・・・・。
夫 よし、それはわかった。だが、おれたちは、日曜にどっかへ行くために、夫婦になったわけじゃないよ。うちにいたって、もう少し陽気な生活ができるはずだ。
妻 あなたが話をなさらないからよ。
夫 話・・・・・・どんな話がある?
妻 話は「する」ものよ。「ある」もんじゃないわ。
夫 なんだ、それや・・・・・・哲学か。よし、話は「する」ものとしておこう。お前だって話をしないじゃないか。
妻 うるさいっておっしゃるからよ。
夫 何かしているときにしゃべるからさ。
妻 うそよ、寝てからでもよ。
夫 ねむいからさ。
妻 (しんみり)
妻 ホント言うと、あたしは、黙ってあなたのそばにいさへすれば、それで満足なの。あなたが、もう少しあたしに気を付けて下さると、それこそ、どんなにいい方だかしれないんだけれど・・・・・・。
138 夫 (小鼻をうごかし)
138 夫 晩飯のおかずはなんだい。
妻 (快活に)
妻 未定よ、今日の成績次第。
夫 (その気持ちに乗り兼ねて)
夫 お前はいつまでも学生だね。
妻 どういう意味。あたし、いつでもそう思うの。日曜なんか、そりゃ余裕があるときは、ドライブに行くなり、何か美味しいものを食べに行くなり、そういうこともあっていいけれど、そんなことは第二として、もっと家庭らしい楽しみが、いくらだってあると思うの。お庭だっても、これじゃあんまりだわ。あなたが手伝って下されば、ちょっとした花壇くらいこしらえるのは、それこそなんでもないわ。今頃、コスモスなんかがいっぱい咲いててご覧なさい。外から見てもきれいじゃないの。
夫 だからお前は、乙女チックなんだよ。
妻 そんなら、あなたはやぼで鈍感な小学生よ。
夫 (笑いながら)
夫 そういうところがあるかい?
妻 あってよ。
夫 おい、ドライブしよう。
妻 もう遅いわ。
夫 その辺でもいいや。
妻 どこ、杜々の森?
139 夫 新潟でもいい。
妻 そんならもっとゆっくりした時にしましょうよ。どっかでお昼でも食べるっていうようにしなくちゃ、つまらないわ。
夫 お前のところにいくらある?
妻 もういや、今日は、そんな話は。
夫 (指を折りながら)
夫 十六、十七、十八、十九・・・・・・。
妻 それこそ、朝から用意をして、朝ご飯を食べたら、すぐ出かけるくらいでなけりゃ・・・・・・。
夫 前の晩に話をきめといてね。
妻 そうよ、何処なら何処へ行くって。
夫 フェリーで、佐渡あたりへ行くのもいいな。
妻 行きたい所があるわ。
夫 そうするっていうと、新潟を八時何分かに出る船がある。
妻 ジェットホイルよね。
夫 ジェットなら早いからな。
妻 自由席よ。
夫 自由席しかないんだよ。
妻 なーんだ。
夫 まず、長岡からマックスあさひに乗って。
マックスの2階席?
夫 当たり前さ。早くあの窓際の向かい合った席を占領するんだなあ。おれのステッキとお前のパラソルとを、おれが、こう網棚の上に載せる・・・・・・。
妻 あたし、持っている方がいいの。
夫 そうか。後から入って来る奴らは、おれたちを見て、ははあ、やってるなと思いながら、なるべく近くに席を取るに違いない。
140 妻 馬鹿ね。
夫 いつの間にか新幹線が動き出す。
妻 車内販売は来ないの?
夫 すぐ着くよ。あれご覧、弥彦がきれいに見える。
妻 まあ。
夫 新潟、新潟、佐渡汽船にお乗り換え。
妻 早いのね。タクシーでフェリー乗り場まで行くんでしょ。ちょっと待って、あたし、キャラメルを買うの。
夫 よし、おい、キャラメル。
妻 あなたはいかが?
夫 もらおう、駅前でタクシーに乗車。途中で社長のマンションが見える。
妻 あれがそう、けちなマンションね。
夫 けちなマンションだ。さあ、ジェットホイルにご乗船、乗船カードを書いて、ジェットは揺れないから船酔いはしないよ。
妻 あたし、船に乗るの久しぶり、なんだかうれしいわ。
夫 いつ乗ったっけ。
妻 ほら、野尻湖で・・・。
夫 あ、あれはスワンの自分でこぐやつじゃないか。
妻 いいのよ、船にはかわりないでしょ。
夫 そりゃそうだけど・・・。
妻 ジェットホイルの船内って売店はないの?
夫 あるよ、後部デッキに。
妻 あたし、サンドイッチを買うの。
夫 よし、サンドイッチ。
妻 あなたはいかが?
141 夫 うむ、もらおう。
妻 いやよ、一人で食べちゃ。
夫 さ、降りる用意をした。靴を履いて・・・・・・。
妻 座ってなんかいません、そんな・・・・・・。
夫 まず行くとすると、金山だろうな。知ってるか?
妻 知ってますよ。それより、佐和田の海岸へ行ってみましょうよ。
夫 それもよかろう。ええと・・・・・・。
妻 タクシーを呼べばいいわ。
夫 そうか、おい、タクシー。さあ、お前先に乗れ。
妻 じゃ、ご免あそばせ。
夫 そこで、タバコに火をつけると・・・・・・。
妻 その前に、行き先をおっしゃいよ、運転手に。
夫 海岸でいいんじゃない。
妻 おかしいわ、海岸までなんて。ちょっと、運転手さん、八幡館。
夫 八幡館は、閉まってやしないか?
妻 うそおっしゃい。
夫 しょうがない。いっちまへ。ブウ、ブウ、ブウ・・・・・・。
142 妻 何よ、そりゃ。もう来たのよ。
夫 やれやれ、じゃ、見晴らしのいい部屋へ通してくれたまへ。
妻 食堂でいいじゃないの。
夫 そうさ。だから、お前、何か注文しろ。
妻 あなたは?
夫 おれはなんでもいい。
妻 じゃ、オレンジジュースを二つ、冷たいのね。
夫 おい、君、君。昼まではまだ間があるから、少しその辺を歩いてこよう。十二時には帰ってくるから、何かうまいものを食わしてくれ。
妻 そう。
夫 それから当分滞在したいんだが、いい部屋が空いているかい。天皇陛下が泊まったという・・・・・・。
妻 天皇陛下って・・・・・・スイートルームね。
夫 しッ。あ、そう。じゃ、それにしよう。いや、見ないでもいい。それから君のうちに飛行機はないの?
妻 あなた。
夫 ない。それじゃ仕方がない。歩いていこうか。さ、おれのステッキは・・・・・・。
妻 また電車の中に忘れて来やしない?
143 夫 いや、ボーイに渡した。ああ、それだ。
妻 どっちへ行くの?
夫 ごらん、これが当館自慢の赤松林と潮の香りだ。
妻 ホント、潮の香り、いい景色だわ。
夫 気をつけないと転ぶよ。どら、手をひいてやろう。
妻 人が見るわよ。
夫 見るヤツが損をする。くたびれたか。じゃ、この辺で一休みしよう。なんなら、海へ入ってもいいよ。
妻 あたし、入るわ。
夫 入れ、うむ、お前も裸になると、なかなかいい体格だ。あんまり遠くへ行くな。
妻 大丈夫よ。
夫 待て待て、そこで、そうしてみてろ、写真を一枚撮っておこう。さ、いいかい。うむ、こりゃ素敵だ。(だんだん興奮してくる)今まで、お前が、こんなに美しく見えたことはない。どうだい、その形は・・・・・・。なんという素晴らしい色だ。そうそう。やあ、お前の髪の毛は、そんなに長かったのか。お前の胸は、そんなにふっくらしていたのか。あ、笑ってるね。こっちを向いてご覧。うん、それがお前の目だったのか。ああその口は・・・・・・(われを忘れたように叫ぶ)
妻 (はじめて顔を上げ、たしなめるように)
妻 あなた。
144 長い沈黙。
夫 ここへ来てみろ。
妻 (笑っている)
夫 (両手を差し出して)
夫 来てご覧。
妻 いや。
夫 来てご覧てば。
妻 (起き上がり、夫の両手を取り、それを振りながら)
妻 あなたには、ちょうどいいっていうところがないのね。
夫 どういうふうに?(妻を引き寄せようとする)
妻 いや、そんなことしちゃ。
夫 (妻の手を取ったまま)
夫 お前は、ホントにおれがイヤになりゃしないか。おれとこうしているのが・・・・・・
妻 あなたはどうなの?
夫 おれは、お前とこうしていることが、段々うれしくなくなってきた。それは事実だ。しかし、お前がいなくなった時のことを考えると、立っても座ってもいられないような気がする。それも、ホントだ。
妻 どっちがほんとなの?
145 夫 どっちもほんとだ。(間)だから、おれは、こんなことじゃいけないと思う。が、どうにもならないんだ。(間)お前が、そうして、おれのそばで、黙って編み物をしている。お前は一体、それで満足なのか。そんなはずはない。おれの留守中に、お前は、ここか部屋の隅っこで、たった一人、ぼんやり考え込んでいるようなことがあるだろう。おれは外にいて、お前のその寂しそうな姿を、いくども頭に描いてみる。参万円足らずの金を、毎月、いかにして盛大に使うか、そういうことにしか興味のないおれたちの生活が、つくづくイヤになりゃしないか。
今さらそんなことを言っても仕方がないとあきらめているかもしれない。しかし、お前は決して理想のない女じゃないからね。おれは、今のお前がどんなことを考えているか、それが知りたいんだ。こういう生活を続けていくうちに、おれたちはどうなるかって言うことだろう。違うか。それとも、お前が、娘時代に描いていた夢を、もう一度繰り返してみているのか。
妻 あなたは馬鹿よ。(笑おうとしてつい泣き顔になる)
夫 人間はみんな馬鹿さ。自分のことがわからずにいるんだ。さ、もうよそう、こんな話は。
妻 でも、久しぶりよ、泣いたのは。
夫 おれが、日曜日にお前をほうって外に遊びに出る。それをお前が不満に思うのは当たり前だ。たまには気晴らしもしたいだろう。映画ぐらいなんでもない。夕飯でも食ったら、出かけるか。
妻 (うなづく)
夫 行こう。そんならそれで、早く風呂へでも入ってこい。
146 妻 (涙を拭きながら)
146 妻 今日はいいの。
夫 どうして?
妻 あなたこそ、今日で三日目よ。
夫 うむ、少し風邪気味なんだけれど・・・・・・まあ、今日はよそう。それより、今が三時半だから・・・・・・そうだ、夕飯までにちょっと出てくるからね。
妻 (もとの座に着き、恨めしげに)
妻 どこへいらっしゃるの?
夫 なに、じき帰ってくる。
妻 (夫の顔を見つめ、何か言おうとして、急にうつむき)
妻 ええ、いいわ。
夫 (もじもじしながら)
夫 川上さんとこじゃないよ。
妻 (気まずげに)
妻 どこだっていいことよ。
夫 (妻の脇にしゃがみ)
夫 ビリヤードだと思ってるんだろう?
妻 (その方は見ずに)
妻 いいから、行ってらっしゃいよ。
夫 怒ったのか。
妻 (また泣いている)
夫 (途方に暮れて)
夫 どうしたんだい、一体?
妻 あたしが悪かったの。
夫 いいも悪いもないじゃないか。だから、後で映画へ行くんだよ。
147 妻 (溜息を吐き)
147 妻 もうわかったの。
夫 何がわかったんだい?
妻 もういい加減にあきらめるわ。
夫 なにを・・・・・・。
妻 ご免なさい。
夫 変だぜ。
妻 おかしなものね。よその奥さんたちは、旦那さんがお留守だと、けっこう気楽だって喜んでいるの。だけど、あたし、それが不思議だったの。
夫 そりゃ、不思議なのが当たり前さ。
妻 それが今日、やっと不思議でなくなったの。
夫 え。
妻 男って言うものは、やっぱり、朝出て、晩帰ってくるように出来ているのね。
夫 (苦笑する)
妻 男って言うものは、家にいることを、どうして恩に着せるんでしょう。女は、それがたまらないのね。
夫 なにも恩に着せる訳じゃないさ。
妻 だから、行く所があったら、さっさと行って頂戴。その方が、ずっと気持ちがいいわ。
148 夫 (またイスにかけ、新聞を読み始める)
妻 あたし、日曜が恐ろしいの。
夫 おれもおそろしい。

妻 あなたは、あんまり、あたしを甘やかし過ぎるのよ。(編み物をし始める)
夫 そんなことないよ。
妻 いいえ、そうなのよ。
夫 難しいもんだな。
妻 よそのうちをご覧なさいよ。
夫 見てるよ。
妻 あの通りになさいよ。
夫 出来ないよ。
妻 女はつけ上がるものよ。
夫 知ってるよ。
妻 それじゃいいわね。
長い沈黙。
夫 おれたちは、これで、うまく行っている方じゃないかなあ。
149 妻 もう少しっていうところね。
夫 金かい。
妻 そうじゃないのよ。
長い沈黙。
夫 犬でも飼おうか?
妻 小鳥の方がよかない?
長い沈黙。
夫 (あくびをする)
妻 (あくびをする)
間。
夫 おい、話をしてやろうか。
妻 ええ。
夫 昔々ある所に、男と女があった。男は学校を出るとすぐ会社に勤めた。女は、まだ専門学校に通っていた。二人は毎朝、同じ時刻に、郊外の同じバス停で顔を合わせた。そのうちに、二人は、お辞儀をするようになった。男が早く来たときには、男は女の来るのを待った。女が早く来たときには、女は・・・・・・。
妻 先へ行ってしまった。
150 夫 そういうこともあた。
この時「あらッ」という女の子の叫び声が聞こえる。庭の中に、大きな紙風船が転がってくる。
夫 (新聞を投げ出し、庭に降りて風船を拾う)
妻 (独り言のように)
妻 サッチャン、おうちいるの、今日は?
夫 (黙って風船をつきはじめる)
妻 およしなさいよ、あなた・・・・・・(大きな声で)さち子ちゃん、いらっしゃい。おばちゃんと風船をついて遊びましょう。
夫 (相変わらず一生懸命風船をつく)
妻 (起き上がり、玄関から下駄を持ってきて庭におり)
妻 あなた、駄目よ、そんなに力を入れちゃ・・・・・・(子供が垣根の向こうにいるらしい。それに)さ、おばちゃんとつきましょう。(こういいながら、夫のついている風船を奪うようにしてつく)さち子ちゃん、アッチから廻っていらっしゃい。
夫 (妻の後を追いながら、じれったそうに)
夫 どら、かしてみろ、おい・・・・・・。

戯曲ワークショップメニューへ戻る

yume102407.jpg (46272 バイト)演劇関係メニューへ