JTRI 租税法研究 知新会 会報

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発行人 菅納 敏恭

「ケース・メソッド」


   米国の法学教育は、学部卒業後入学するロー・スクールで行われています。一概に言えないのですが、学部の学生の間は伝統的な大学教育である Liberal arts といわれる哲学、語学、歴史や数学、物理など教養科目を学び、職業教育である法律学や医学は学部を卒業してから、学ぶという考えのようです。大学と言うところは教養を高めるところで、飯の種になる技術や職業教育はしないというのが、ヨーロッパからの伝統です。ヨーロッパにはいまでも工学部を持たない大学が少なくありません。

 さて、米国法学教育のもうひとつ特色は、ハーバード・ロー・スクールが初めたというケース・メソッドです。日本の法学部教員もケースメソッドに興味を持ち、いろいろな試行をしている人もいるようですが、日本の法学部では、なかなか難しいようです。

 学生が必ずしも法曹になる訳ではないというのが日本の法学部。また米国では、学部を卒業した後二、三年の社会経験を経てから入学する学生が主であるという違いがあります。また日本の教員も研究者として留学経験はあっても法律実務家としての経験も実務家養成教育も受けた者が少ないということが背後にあるのではないでしょうか。

 数年前、金子宏教授がわれわれを対象としたセミナーを開催するに当たり、「ケース・メソッド」という言葉を口にされたのを覚えています。当初はロー・スクール並みの授業をという期待があったのではないか、と思います。

 ではハーバード・ロー・スクールの生活はどんなものでしょう ? ちょっと古いですが、映画 ‘ ラブ・ストーリー ’を見るといいでしょう。卒業後は栄光を得るとしても、寝る時間も削る生活のようです。

 そこで、ハーバードでの実際の授業、ケース・メソッドはどんなものでしょう。


 『アメリカ全土で起こった事件を比較検討することにより、われわれはアメリカのコモンローの総体的な原動力や法律的思考の真義を汲み取らなくてはならない。・・・         

 一例を挙げると、契約法でぼくらは現在、裁判官が契約書にある言葉の意味を決定する方法、すなわち“解釈”を学んでいる。・・・

 各授業の一週間を通してのパターンは、だいたい同じである。(教授)はまず学生一人を名指して、訴訟事実を述べさせる。次にその・・学生に、判決の核心をなす争点を指摘させる。ある事件で、原告は地代の件で訴訟を起こした。そして争点を詰めた結果、売買契約書のなかの“家”という語は、建物だけを指すのか、敷地も入っているのかということになった。この点が解明されると、(教授)はその学生に、事件の結果について考えるように求め、裁判官はどの当事者の見地から事柄を見ているのか、また、結果が示している解釈の基準は何かと聞くという具合だ。次に、質問の相手いかんを問わず、その基準を、他の判例で用いられた基準と比較するように求める。彼は答えた学生に諸判例の調和点をみつけさせ、それらの判決が、首尾一貫した解釈の原則をどのように確立しているかを説明させ、各判決のさまざまな背景や事情を通じて起こる解釈の相違を説明するように求める。』

スコット・タロー著『わが試練の一年 ハーバード・ロー・スクール』 早川書房 1979


 東北大学の水野忠恒教授も先日、ナマの判決文などは助手として大学に残って初めて接した、と言われておられました。判決の読み込みは結構大変です。紹介したこの本の一文は、判例授業について簡潔なだけに要点を外していないように思われます。このように法学教育をすべて学生に対する質問で組み立てようとするのであれば、やはりハーバードは、すごい。

 では、このよう教育の結果、何が期待できるのでしょう。ハーバード・ロー・スクールのケースメソッド教育を移植したハーバード・ビジネス・スクールについて次のような一文がありました。

 『ハーバード・ビジネス・スクールで実際に何が教えられているか? それは「方法」である。問題点をみつけ、その問題と似た例を捜し出す方法を学生は教わるのである。』

 フランク・J・ケリー他著『ハーバード・ビジネス・スクールは何をどう教えているか』経済界 1987

(T.Kanno)


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Last Updated: 8/23/96