JTRI 租税法研究 知新会 会報 Billboard 発行人 菅納 敏恭

衿持を保つ ということ


週刊朝日に「デゴトロジー」というコーナーがあります。最近、文庫でシリーズにもなっています。8月の例会席上、オートバイ事故と市役所課税課の守秘義務の関係でコピーを配布しました。さて今回はこのコーナーの取材に関する女性記者の裏話です。


 次のような取材を命じられたことがあった。

「さる筋からの情報によると、自衛隊では、男子自衛官にはステテコ、女子自衛官にはパンティーまで支給しているらしい。だけど、それがなんと国防色なんだそうだよ」「えーっ!国防色のパンティー?」「そーなんだよ。だから君にそのへんのところを取材してほしいわけ。」

 さっそく自衛隊の広報班に電話をして「週刊朝日のコラムの者ですが、自衛隊の官給品について取材させていただきたい」と申し込むと、毅然たる声で、「で、取材の趣旨は?」という慎重そうな質問が案の定返ってきた。どうしてここで「はい、女子自衛官のパンティーは本当に国防色かどうかが当方の趣旨です」などと正直に答えられよう。私は「官給品というのはあまり知られていないので、」という曖昧な言いまわしで「〇月×日△時防衛庁まで来られたし」という約束をとりつけた。

 私が通されたのは、校長室のような感じの応接室であった。まもなくドアが開いて、国防色の制服に身を固めた若い男性が三人、きびきびした動作で、「失礼します!」「失礼します!」と入ったきた。ソファに浅く腰をかけてこちらを毅然と見た三人の制服の胸に、階級を示すバッチがキラッと輝いて、プレスのきいたズボンの折り目がぴんと立っていた。約三十分にわたって、支給品の制度の総論を聞き、そして女子自衛官への支給品のところで、突然、各論に入った。

 「あのう、その支給品のパンティーって、どんなパンティーでしょうか? 拝見できますか?」と切り出したのである。真ん中の自衛官が、入り口付近に立ったままの若い自衛官に、「キミ、できるだけ協力してさしあげて」と毅然とした口調で声をかけたのである。

 やがて、大きな茶色の紙袋をもって戻ってくると、テーブルの前に、男子用の白い木綿のシャツ、同ステテコ、女子用の白い木綿のシュミーズ、同パンティーが並べられた。三人の幹部は、何となく目のやり場に困ってそわそわし、あたりに一瞬気づまりな沈黙が流れたが、「色は白だけですか? たとえばラクダや国防色はないんですか?」「はい、白一色です」とのきっぱりとした返事で「国防色のパンティー」という情報はデマだったことを確認した。

 しかし、その女ものパンティーは伸ばせば、上は胃のあたりまですっぽり隠れ、下は膝近くまで伸びるという、今どきは中年のおばさんも敬遠するような、あまりに実用一点ばりの超デカパンであった。私は、その実用一点張りの超デカパンがなにか「国防」というものを象徴的に表しているような気がして、「これ一式、お借りできませんか?」と切り出した。

 その三十分後。週刊朝日編集部では、女ものの超デカパンを机の上にひろげた〈編集長〉が「よしっ! 誰かに着せて撮影しよう!」と思いついてしまったのである。

『恥ずかしながらお国のため泣く泣くはきます官給パンティー』(58年2月4日号)

 私あてに電話がかかってきたのは、週刊朝日の発売日の午後一番のことである。取材に応じてくれた自衛官の一人からであった。「森下さん、やってくれましたなあ」「・・・・」「今すぐ、防衛庁までご足労願います!」と電話が切れたところをみると、並々ならぬ立腹である。

〈編集長〉に「今、防衛庁から電話がありました」と断固として告げると、彼は「あっそ、ありがとうって?」といたってのんきにタバコの煙をはいた。ところが、「いーえ、抗議です。来いと言うから、私これから行ってきます」と、椅子から立ち上がったとたん、彼は受話器をとって、自分から防衛庁に電話した。そして、「ボクたちは、ヤクザの取材もしますけれどね、今まで、こっちへ来いと呼びつけられたことは一度もありません。ご用があるなら朝日新聞社までどうぞ。お話はこちらで伺います! 場所? 築地です!」

ガチャンと電話をたたき切ったのである。その一時間後、電話の自衛官はビシッとした背広姿で、朝日新聞社の二階ロビーに現れた。

森下典子「典奴どすえ」朝日新聞社 1987年



 さてかえりみて、われわれは役所に呼びつけられて、お話することが多いようである。


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Last Updated: 6/23/96