JTRI 租税法研究 知新会 会報

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発行人 菅納 敏恭


〈 Baby Talk 〉

愛について


昔は良かった、という言い方があります。

昔はこうじゃなかった、子どもは子どもらしく、親は親らしく、山は緑で、妻はつつましやかで、風さえもたおやかで、人の暮らしも穏やかだった。

明治の男は・・・、昔の野菜は・・・、ラジオを聞きながら一家で囲む茶の間の夕餉・・・、栃錦と若の花・・・、川上巨人・・・。

人は時間のフィルターを通すと「水」の味の微妙な違いさえ語れるようになります。「昔の水はうまかった」と。

「昔は良かった」は、現在を斬る議論の力強い味方です。新聞マスコミであれ、夕暮れの赤ちょうちんであれ、世の中の評論の多くはこの立論に依っています。

説得力があります。思わずそうだと言ってしまいたくなります。なぜでしょう。

説得力を感じる裏には、昔より今、昨日より今日、そして今日より明日、良くなって欲しい、良くなるべきだ、という人々の希望でしょう。今の世代より次の世代が豊かで発展してほしい、と願う人間のさががあります。

南米チチカカ湖岸に紀元前から十世紀近くまで千年以上栄えたティアワナコ帝国がありました。当時ボリビアからペルーにかけてのアルチプラノ高原では、二十五万人を養うだけの農産物の収穫があったらしいのです。遺跡は豊かな食料に支えられた強力な軍隊、豪華な王宮、寺院の存在を示しています。しかし、今同じ地域に、人口はわずか七千人。山腹を耕してゴルフボールほどの大きさのじゃがいもを作り飢えをしのぐ、世界でもきわめて貧しい地域です。

現在ここに住んでいる人々は、高水時には水をかぶる氾濫原では畑など作れないと、周囲の山腹にじゃがいもを作っています。

シカゴ大学の人類考古学者アラン・コラータ、ボリビア国立考古学研究所のオズワルド・リベラ両博士は、当時の畑を再現してみました。畑は幅三メートル、長さ二、三百メートル、周囲を用水路で囲まれた 1.5メートルほどの盛り土です。この一番下には玉石、次に地下水が上がるのを防ぐ土の層、さらに水はけを良くするための砂利と砂の層を重ねて、表層には用水路を掘った養分のある土を積み上げます。

この畑でじゃがいもが1エーカー当たり 17トン収穫されました。現在のアルチプラノ高原の平均収穫高の実に7倍です。

この高原は普通の方法での農耕を営むには過酷な環境です。晴れた日の日中は太陽が間近に照りつけ、夜ともなると標高が高いため気温は氷点下近くまで下がります。しかし古代ティアワナコの農法では、日中は用水路が太陽熱を吸収し、夜になると霧となって畑を覆い、熱の放射を防いでくれます。

千年前、ティアワナコ帝国は忽然と消えました。二百年後インカの人々が大寺院や潅漑設備を発見したとき、わずかに残った人たちもこの大帝国に起こったことを語ることが出来ませんでした。文字を持たなかった文明で記録もありません。

コラータ博士は「人間は常に進歩するものだ、と考えてはいけないのです。大帝国ティアワナコは、豊かだった過去が貧しい未来へと続く、その良い例です。」と言います。 アエラ 1991.10号

「愛」について、古今東西たてよこナナメ、多くが語られています。男性が女性を女性が男性を慕う愛、親子の情愛、国を愛する心、父なる神の愛、仏の慈愛、・・・。

愛の価値、尊さ、あるいは愛情を感じたときの心の高揚感、愛を失ったときの喪失感。しかしなぜか「愛」の社会的機能についてはあまり語られません。

行動学的視点から「愛」の機能を見ると、「愛」とは、その対象の言動を肯定的にとらえる人間の行動傾向です。

「愛」についてこんなことを言うのは、僕の発見ではなく、美人をレントゲン写真で見るような、料亭なだ万の吸物を化学分析するような物言いで味気ないから人はあえて言わないだけでしょう。

しかし、人は愛を感じコミュニケーションし、幼児は身近な母親、父親に「愛」を感じて、文明を継承してゆきます。文明もそのままでは継続しません。「昔は良かった、こんなはずじゃなかった、よりよく進歩して欲しい」という人間のさがは、年少者と年長者の「愛」でつながります。

歴史を超え、社会を超える親子の関係は、こんなところにあるのではないでしょうか。

今年、知新会は、家族を考えます。

( 可愛いベイビイ Kanno )


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Last Updated: 5/22/96